上善は◯素の如し
最近、燃料不足やバイオ燃料に関するニュースを見ていて、ジャトロファという植物の名前を目にした。
植物が甘くなるために糖を蓄えることは知っていた。
では、なぜ植物は、わざわざ油を蓄えるのだろう。
調べてみると、その理由は驚くほど合理的だった。
植物は光合成で作った糖から、できるだけ酸素を減らし、炭素と水素を多く含む油脂へと作り替えている。
植物にとって種は、親元を離れ、新しい命を育てるための「お弁当箱」のようなものだ。
発芽するまでは光合成ができない。その間を生き抜くためのエネルギーを、あらかじめ種の中へ蓄えておく必要がある。
そこで植物は糖を油脂へと作り替える。
油脂は、同じ重さなら糖質の約2倍以上のエネルギーを蓄えられる。
しかも水分をほとんど抱え込まないため、小さな種の中にも効率よく詰め込める。
限られた大きさで、できるだけ多くのエネルギーを運ぶ。
油脂は、植物が何億年もの進化の中でたどり着いた、生存戦略だった。
さらに調べると、もう一つ疑問が浮かんだ。
なぜ油脂は糖質より高エネルギーなのだろう。
糖質も油脂も、どちらも炭素(C)、水素(H)、酸素(O)からできている。
違いは、その割合だった。
糖質は、すでに酸素を多く含んでいる。
一方、油脂は酸素が少なく、炭素と水素がぎっしり詰まっている。
ここで一つ面白いことに気付いた。
水素は酸素と結び付くと水(H₂O)になり、
炭素は酸素と結び付くと二酸化炭素(CO₂)になる。
つまり、
水素:酸素=2:1
炭素:酸素=1:2
という最も安定した状態へ向かう。
水素そのものは非常に高いエネルギーを持っているが、軽すぎてそのまま大量に貯蔵することは難しい。
そこで炭素が登場する。
炭素は4本の「手」を持ち、水素をたくさん抱え込んで固定できる。
言い換えれば、
炭素は、水素という高エネルギー燃料を安全かつコンパクトに運ぶための優秀なホルダーなのだ。
そして必要になれば、水素と炭素は酸素と結び付き、水と二酸化炭素という安定した状態へ戻る。
その「安定した状態へ戻ろうとする差」が、生命活動に利用されるエネルギーになる。
つまり油脂は、酸素が少ないぶん、水素をたくさん抱え込める。
だから糖質よりも、まだ酸化される「伸びしろ」が大きく、より多くのエネルギーを取り出せるのだ。
考えてみれば、私たち人間も同じだった。
食べ物から得た栄養は細胞の中で電子伝達系を通り、呼吸によって取り込んだ酸素と少しずつ反応しながら、生命活動のエネルギーへと変えられている。
酸化という言葉には、「老化」や「サビ」といった悪い印象がある。
しかし、酸化しなければ私たちは一秒たりとも生きられない。
問題なのは酸化そのものではなく、制御できない酸化だ。
電子伝達系から電子が漏れると、スーパーオキシドなどの活性酸素が生まれる。
だから体にはSODやカタラーゼなどの酵素があり、必要な酸化と過剰な酸化のバランスを取り続けている。
つまり、この世界には良い酸化と悪い酸化がある。
そして生命は、その絶妙な均衡の上に成り立っている。
ここまで考えていて、ふと思った。
さんか と還元
これは社会にもよく似ている。
化学でいう還元とは、エネルギーを蓄えること。
そして酸化とは、蓄えたエネルギーを社会へ放出すること。
社会に置き換えるなら、
還元は、休息や学び、人から受ける優しさや支援。
酸化は、働き、挑戦し、人や社会へ価値を届ける参加なのかもしれない。
参加だけでは疲れ果てる。
還元だけでは社会は前に進まない。
呼吸も。
生命も。
社会も。
大切なのは循環だった。
老子は「上善は水の如し」と説いた。
私はジャトロファのニュースから、水素、炭素、酸素、そして酵素について考えてみた。
最初は「上善は水素の如し」と思った。
しかし考えれば考えるほど、水素だけでは何も成り立たないことに気付く。
炭素が支え、
酸素が力を引き出し、
酵素が反応を整える。
どれか一つが主役ではない。
それぞれの要素が結びついては離れ、また結びつく。
生命も。
呼吸も。
社会も。
その循環の上に成り立っている。
だから、このエッセイのタイトルは、あえてこうしておこうと思う。
「上善は◯素の如し」
あなたなら、その◯に何を入れますか。
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