【小説】「誰も見ていないところで」最終章
最終章
信輔くんのことは、ニュースや新聞で知った。
「高校生による女性絞殺事件」「殺意の有無が争点に」
そんな見出しを見ても、ママや信輔くんのことだとは思えない。
それからすぐ、信輔くんの家族は引っ越していった。
僕は引っ越しのトラックを見ることもなかったけれど。
「一番怖いのは悪人ではなく、正義と信じて疑わない善人かもしれない」
これは誰のことだったんだろうと、ときどき考える。
勝手な想像だけど、ママは自分のことも言っていたんじゃないかって思う。
桂木さんもそうかもしれないし、自分もそうかもしれない、って思うことで桂木さんを恨まずにいたかったんじゃないかって。
誰かが悪いとか、悪くないとか、そんなふうに分けることができないことがこの世にはたくさんあるんじゃないか。
信輔くんのことも悪人って僕は思えない。悪いし、悪くない。
ママだって、どっちでもないんだと思う。曖昧なまま、僕らは好きでいたらいいんだと思う。
「直樹、朋樹、あの日のお赤飯のひよこ豆の甘納豆、実は、ある人のお土産なんだけど、誰だと思う?」
パパが僕らにクイズを出してきた。
「え!あれ誰かのお土産だったの?」
「えー誰!?」
「パパの会社の人?」
「ブー」
「え、佐藤さん?」
「ブー」
「答え言っていい?桂木さんなんだよ」
「えー!」
「桂木さんが三月に静岡に旅行行ったときに買ってきてくれたんだって」
「へぇ、桂木さん超いい人じゃん!」
朋樹のあまりのゲンキンさに、パパも僕も大笑いした。
梅雨入りしたある土曜日、家のチャイムが鳴った。
「樫村さんに、わんぱくきっずでお世話になった者です。よろしければ、お線香をあげさせていただけませんか」
ドアを開けると、二人の男の子とお母さんが立っていた。
何年か前の僕らだ、とふと僕は思う。この頃に戻れたら、ママはまだ生きていたんだ……
パパがペコペコしながら、どうぞ上がってくださいと言った。
「かしむらさん、ぼく四歳になったよ」
遺影に向かって手を合わせてくれた男の子を見て、「あんまりボランティアで忙しくしないでほしいなぁ」とママに対してずっと思っていたけど、ママのことを覚えてくれている人が僕ら以外にいるってのも悪くないなと、思った。
男の子のママが話し始めた。
「この子、陸翔って言うんですけど、いろんな人に話しかけすぎちゃって、嫌がる子もいるし、他のお母さんたちにも白い目で見られちゃって悩んでたんです。でも、その話をしたら、樫村さん、言ってくれたんです。
『それは陸翔くんのカリスマ性だから、大事にしてほしい。陸翔くんが楽しそうに話しかけてるなら、きっとお友達も楽しいはず。これから楽しみだね』って」
陸翔くんのママはそう言って、目元を押さえた。パパもまた、しぼれてない雑巾みたいになっちゃってる。
僕と朋樹の蛇口は、もう直りかけてるから、たぶん大丈夫。
ママが誰も見ていないところで、誰かを励ましていた。
そしてその人が今日、元気で生きている。
だったら、ママも今日も元気に生きてるってことだと思う。
(了)
※この作品は一部の感情以外フィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
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