【小説】「誰も見ていないところで」第二章
朋樹「ぼくは信じない」
「家族葬」というのだと、パパが教えてくれた。
ママの友だちとか、地域の人とか、ぼくの学校の先生とか、誰も呼ばずに家族だけでお葬式をするのを、そう呼ぶのだと。
寂しいような気がしたけど、ほかの人がいないほうがママとずっと一緒にいられていいかもしれないね。
学校も一週間休んでいいみたい。なんかホッとして、それだけが唯一うれしいこと。学校に一時間目から六時間目までいるのは、本当に疲れる。
二年生になってから、六時間目までの日が増えて、しんどいなと思い始めて、学校休みたいって思うようになった。途中で行ったり帰ったり、ママに送り迎えしてもらって行ってたけど、これからどうしよう。それが無理なら、もうずっと行かなくてもいいんだけど。宿題だって、ママが一緒に漢字を覚えようって言ってくれてたからやってただけだよ。もうやりたくないよ。音読もパパに聞いてもらったって意味ないよ。
「朋樹……」
泣いてしまったぼくを、兄ちゃんがぎゅーしてくれた。
兄ちゃんだって、ずっと目が真っ赤だし、パパだって、ただでさえ丸い背中が、もっと丸まっている。
ママのパパとママは何年も前に死んじゃってて、ママにはお姉ちゃんがいるみたいだけど、ぼくらも会ったことがなかった。「そえんなんだ」とママが前に言っていた。「だから、直ちゃんと朋ちゃんは仲良し兄弟でいてほしいなぁ」って。
おばあちゃんが隣町に住んでいるけど、施設にいるから、こういうときは来てもらえないんだって。だから、本当にここには、四人だけ。
「ママが生き返ったらいいのにね」
ぼくはそう言って、お棺の中のママの顔をのぞきこんだ。
「お棺のなかのオカン」
急にダジャレを思いついて言ってみたら兄ちゃんが吹き出したので、やった!と思った。だけどママは、どう見ても、生き返りそうもない顔をしていた。
なんか肌の色も変で……粘土で作った顔みたい。
「ママ―」とぼくは呼んでみるけど、返事をする気配もないし、起き上がるわけもない。わかっているんだけど。
パパと兄ちゃんはぐじゅぐじゅに泣いてるから、ぼくは今来ている葬儀会館の中を、また探検してみることにした。
小さな会館だから、すぐにまわりおわってしまう。階段もなくて、一階に三部屋と、ここの人たちしか入れない部屋と、お坊さんのひかえ室が二つ、トイレとシャワーの部屋と、小さい休憩スペース。それだけ。
ふと、今日の晩ごはんは何を食べるのか気になって部屋に戻ったら、兄ちゃんがパパに「ママ、なんで死んじゃったんだろ」ときいているのが聞こえた。
なんとなく、ぼくがそこにいたら教えてもらえない気がして隠れて聞いていたら、パパがこう答えていた。
「直樹には……隠せる自信ないから言うわ。ママ、自殺の可能性が高いって警察の人から言われたんよ」
「……いやだ」
兄ちゃんがショックを受けてる。
ぼくも信じられない。自殺って、自分で死ぬってことでしょ?ママが?なんで?
「朋樹には、まだ理解できないと思うし、できたとしても受け入れられるとは思えないから、黙っててな」
「僕だって、受け入れられないよ!」
兄ちゃんが怒り出した。
「僕だってまだ子どもやで、朋樹と変わらへん、嫌だよ、ママが自殺なんてするわけない」
「そうやな……ごめん。つい、直樹はしっかりしてるから、ごめん。パパだって信じたくないさ」
泣いている兄ちゃんをパパがぎゅーしてる。パパはぼくがぎゅーしてって言わないとしてくれないくらいだから、兄ちゃんをぎゅーしてるの、初めて見た。
「直樹は……ママが最近、桂木さんからキツいLINEをもらって落ち込んでいたのは知ってたんよな」
「うん、知ってるよ。桂木さんのこと尊敬してたのに、なんかひどいこと言われたんでしょ。ママが泣いてたのも見た」
「パパは、ママから聞いてたんよ。『死にたいくらいつらい、眠れない、病院行ったほうがいいかな』って。でも、真剣に考えてへんかった。まさか……パパがもう少しちゃんと心配しとれば……ごめんな直樹……」
パパの背中が、もうこれ以上小さくならないというほど縮んでしまったように見えた。背骨、どうなってるんだろ?
ママが桂木さんから何か言われてショックを受けて泣いていたのは、ぼくも見ていた。ママはパパと違って、隠さずにぼくらになんでも言う。「どうしよう、桂木さんから厳しいこと言われた」って。「これって人格否定だよね……」そうパパに言っているのも聞いてたんだ。
どうやら、パパはママが死んだのは自分の責任って思ってるみたい。でも桂木さんのせいなら、パパのせいじゃないよ……
その日の晩ごはんは、どこかから運ばれてきた大きなお弁当だった。ぼくの好きなアジフライが入っていて、すごくおいしかった。兄ちゃんは魚があまり好きじゃないから、ぼくにアジフライをくれて、うれしかった。ママと食べられたらもっとうれしいのにな。生き返ってくれるなら、ぼくの分、ママにあげたっていいんだから。
ぼくと兄ちゃんで、お棺の横に布団を三枚敷いて、寝る準備をした。パパは、シャワーを浴びに行っている。部屋がすごく寒いので、僕はシャワー浴びたくないなと思った。
「ねぇ兄ちゃん、さっき聞こえたんだけど、ママ、自殺かもしれへんの?」
兄ちゃんは一瞬驚いて、しまったって顔をした。けど、そのあとすぐにホッとしたように見えた。
「聞いてたかぁ。うん、警察の人が、ママのスマホと手帳の中身を調べてるみたいやけど、その中に『疲れた』とか『もう死んでしまいたい』とか書いてあったって」
「え、そんなの、ママがいつも言ってる言葉じゃない?疲れた、しんどい、はよく言ってるよ」
「うん……そうか」
「そんなんで自殺って、簡単に決めないでほしくない?」
「もちろん僕も自殺なんて信じたくないんだけど。でもさ、じゃあママが誰かに殺された……って考えるのも嫌やない?」
「うん、それはそうだけど。でも、ママってどうやって死んだん?」「あ……なんか……胸が苦しい、って感じで死んじゃったみたいだけど……」「具合悪くなったとかではないの?」
「……うん、そうではないみたい」
「じゃあ、自殺か、誰かに殺されたってことになるの」
「あぁ、もう。考えたくないな」
「でも、おこりっぽいけど、なんだかんだやさしいママをさ、殺したいなんて人いるかな。でも、自殺イヤだなぁ。ぼくらのことどうでもよくなっちゃったってことやん」
ぼくらは敷き終わった布団の上で、体育すわりをしながら、答えのない問題のなかをふたりでぐるぐるさまよっていた。
「そういえばさ」
ぼくは、ママが帰ってこなかった日に、ママが作ってくれたものを思い出した。
「あの日、お赤飯食べたけど、ママの大好物やんか」
「そやったね、食べたこと忘れてた。さすが朋樹、食いしん坊」
「帰ってきてから食べるの楽しみにしてたのに、今日死にたいってなるんかなぁ?」
「……するどい。朋樹は探偵になれるんちゃう。確かにそうだ。もし、ママが本当に死にたい……って思ってたとしても、あの日じゃなくてもいいような気がするね」
兄ちゃんの赤かった目がすこし乾いて、いつもの調子が戻ってきた。
「実はさ、朋樹。僕はちょっと怪しいなと思う人がいるんだ」
「え、ママを殺したい人ってこと?」
「うん、そんなこと本当に考えたくないけど……朋樹がまだ赤ちゃんだった頃にね、ママ、尾川さんとケンカして、それからずっと、お互い無視なの。しゃべってるところ、見たことないでしょ?」
「信輔くんのママと?」
信輔くんは、隣に住んでいる高校生のお兄ちゃんだ。ほっとすぽっとで、一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれたりもする。優しいお兄ちゃんでぼくは好き。そのママが、ぼくのママを……? ぜんぜんピンと来ないけど。
「信輔くん、ほっとすぽっとに遊びに来てて、よくママとも話してるよ。信輔くんのママが怪しいとは思えないけどなぁ」
信輔くんには妹がいて、「りんな」と呼ばれているのを聞いたことがある。ぼくはしゃべったことがないけど、近所の保育園に行ってるみたい。たまーに家の前で自転車の練習しているのを見るけど、いつも一人。だから、信輔くんのママとぼくのママが話しているところなんて、たしかに一度も見たことがなかった。
「前に、漢字プリント忘れたら、信輔くんが『じゃあ問題出してあげようか』って。全部正解して、ハイタッチしてくれたよ。うれしかったぁ」
納得いかないぼくに、兄ちゃんが言った。
「ねぇ、朋樹。ママは自殺じゃないって証明するために、僕らはふたり、兄弟探偵にならない?ママの恨み、晴らそう」
「兄弟探偵⁈ それいい!」
ぼくらは「オカンのお棺」の前で、盛り上がった。
兄弟探偵たんじょうだ!
ママの死んだ理由を、ぼくらがちゃんと知るんだ、ぜったいに——
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