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【小説】「誰も見ていないところで」第八章

直樹「遺された僕らの食卓」

「やっぱり自殺なのかな……」
 ママが亡くなって、気づけば一ヶ月が過ぎていた。もう近所の人でママが亡くなったことに関して訊けそうな人はおらず、僕はお手上げかもしれないと思い始めていた。

 兄弟探偵、結成から今日まで一ヶ月と持たず。意外とあっけなかったな……。
 学校でも、あからさまに僕に気を遣う友達はもういなくて、普通に絡んできてくれるようになってきた。嬉しいけれど、もう、ママが死んじゃったことも忘れ去られてるみたいで、それはそれで悲しい気もした。

 朋樹はこのまま学校に行かなくなるんじゃないかと思っていたけど、驚いたことに、気づけば休まずに行くようになっていた。ママがいないこと、そしてずっと忙しそうにしているパパが家にいるから、朋樹にとって、昼間の家は落ち着かない場所になってしまったのかもしれない。

 ほとんど会社へ行かずに家で仕事をするようになったというのに、パパは前にもまして疲れた雰囲気になってしまっていた。僕らも洗濯や風呂掃除くらいは手伝うようになったけど、やっぱりパパの仕事は増えたんだろうと思う。

 夜ごはんに、パパがカレーを作ってくれた。
 あ、今日、給食もカレーだったんだけど……まぁいいか。

「今日、給食もカレーだったのに!」
 朋樹は遠慮なくパパに気持ちをぶつけている。
「あーそうだったんだ。ごめん、でももうこれしかないし、食べて」
 パパはカラカラの雑巾みたいな声で言った。

 前もこんなことがあった。
 そのときはもちろんママが作ってくれたのだけど、
「そうだった?それは飽きちゃうね。そしたら、カレーは明日に回して、今日は生姜焼きにするか」
 そうやって、変更してくれたことがあった。

 ママは僕らの気持ちをわかってくれて、可能な限りなんとかしようとしてくれる。そんなママだったなぁと思う。

「兄ちゃん、どうしたの」
 僕は急に泣けてきてしまって、カレーライスを前に下を向いた。
「直樹、なんか思い出した?」
パパは、元気はないけれど、声は優しかった。
「うん……ママ……ママが作ってくれた料理のこととか思い出して。別にパパのがダメとかそういう意味じゃないからね」
 僕は泣きながら、そう言った。

「パパ……実はさ、僕ら、ママのこと自殺だなんて思ってないんだよ」
 僕は気づいたら、パパにそう告げていた。
「どういうこと……?」
 パパが驚いた顔で朋樹と僕の顔を見比べている。
「ママが死んじゃった日にさ、ママはお赤飯作ってくれてたの。それをママの帰りを待ってる間、朋樹と二人で食べたんだ。すごくおいしかった。ママの大好物だったでしょ。パパも好きだったでしょ」
「うん、パパが食べて育った味とは違うんやけどね。美味しかった」
「ママはあの日、お赤飯を作って、公民館にいる人たちに配ったんだよ。そんで帰ってきてから食べるのを楽しみにしてたの。それなのに、その日に公民館で自殺なんて考えられなくて」
「ぼくがそう言ったんだ!」
 朋樹は、僕に手柄を譲りたくないようだ。
「ママ、公民館にも持って行ったん? 誰にあげてた?」
「佐藤さんには渡して、あとは桂木さんと高山さんにもあげようとしたらしいんだけど渡せてないみたい」
「そうなんや……あの日なぁ……ママに残してくれてた分はパパがいただいたんやったね。そうそう、そういえばあの豆は……」
「お赤飯、二パック行方不明なんだよ。現場に残されていたはずなのに、佐藤さんも見てないみたい。パパ、警察の人からお赤飯のこと、なんか言われてない?持って行っちゃったんじゃないかって佐藤さんは言ってたの」
 朋樹が急に口を挟み、公民館でメモしたことを思い出したのか、パパにいいきなり確認し始めた。
「いや、パパは、お赤飯のことはなんにも言われてないよ。現場にあったとか、持って行ったとかも何にも聞いてない」

「——実はね、僕は朋樹と二人で公民館に行って話聞いたりして、ママが誰かに殺された証拠を見つけようとしてたの」
「直樹、そんな危険なことを……やめてほしい。二人がそう思ってることを他の誰かに言ってないよね?」
「もちろん言ってないよ。わかってるよ。そう思ってるなんて知られたら、真犯人は僕らを殺すでしょ、そのくらいはわかってる。僕はコナンや相棒をよく観てるんだから」
「直樹、それをわかってるのはすごく頼もしいけど、それでもやっぱりそんな探偵ごっこみたいなことをして、自分たちが危険な目にさらされるようなことはやめてほしい。パパは怖い。直樹は大丈夫でも、朋樹がうっかり口を滑らせる心配だってあるんだからね」
「パパのいうことわかるよ。でも僕たち、ママが自殺なんて信じたくないの」
「それは、パパも信じたくないよ、もちろん。でも殺されたなんて、もっと信じられないし、考えたくないよ」
「僕だってもちろんそう。でも僕は、ママが今日も生きてるつもりだったって思いたい。もう、なんて説明していいかわからないけど、ママはどんなに落ち込んでたとしても、僕らを置いて死ぬなんてこと、しない人だと思ってる」

 僕は涙まみれになりながら、パパに必死に訴えていた。パパも朋樹もぐちゃぐちゃの顔になっていた。
「朋樹……僕はもう犯人を見つけられる気もしなくなってきたし、まわりの人たちはみんなママが自殺だと思ってるし、あきらめようかと思ってたんだけど……でもやっぱりあきらめたくないよ。もう少しだけ粘ってみようか」
「もちろん! ぼくは一度もあきらめようとなんてしてないよ!」

「直樹、朋樹、これだけは約束して。必ず佐藤さんや知っている大人の人がいるところで話してほしい。自分たちだけで誰かに勝手に会いに行ったりとか、誰もいない公園とかで話すのはやめて」
「うん、わかった。今までも公民館でしか話してないし」
「そうか。あとは、学校から帰ってきて、どこかに行くときにはパパにちゃんと教えて。できる限り、迎えに行くようにするから」
「うん、そうするね、ありがとうパパ」

 僕らは少し冷めてしまったカレーを食べ始めようとした。
 パパが、「温め直そうか」と言ってくれた。
 その声は、濡らしてギュッとしぼった雑巾みたいだと、僕は思った。



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