【小説】「誰も見ていないところで」第六章
葉子の回顧「一方的な裁き」
始業式の翌日。
二年生になったばかりの朋樹は、さっそく学校に行きたくないと言い出した。一年生のときも、ときどき「今日はどうしても行けない」っていう日があったから、またか、という感じではあったのだけれど。
無理矢理行かせたところ、担任の先生から十時半すぎに電話があった。「朋樹くん、二時間目の算数で、黒板に答え書いてもらったんですけど、ちょっとだけ間違ってしまって、泣いちゃったんです。それで、今は保健室で休んでて、もう帰りたいと言ってて。お母さん、もしよければお迎え来てもらってもいいですか……?」
あぁ、朋樹はどうしてこんなに繊細なんだろう。気持ちがまったくわからないわけじゃないから、余計にしんどいなと思う。
翌日、朋樹は案の定「行きたくない」と言い出したので、学校を休ませた。ただ、私は午前中は「わんぱくきっず」に行かなきゃいけないし、帰ってきたら、アマプラで恋愛映画でも観ようと楽しみにしていたので気落ちした。朋樹が休むと、私のちょっとした予定も狂ってしまう。
朋樹は二時間くらいなら一人で留守番できるというので、ゲームとYouTubeを許可して、私は公民館へ行くことにした。
帰宅が昼十二時を過ぎるので、チャーハンを作って置いておいた。
「朋樹、チャーハン作っといたから、お腹空いたら食べて。きれいに食べてよ」
「はーい、わっかりました~」
朋樹はたくさん食べるのはいいのだが、ご飯粒をたくさん残しがちだ。毎回注意しているが直らない。そんなところは繊細じゃないみたいで、そのアンバランスさが、この子の可愛いところではあるのだが。
その日は、わんぱくきっずに二組の親子が来た。
一組は、一歳の男の子とそのお母さん、もう一組は二歳の女の子とお父さんだった。この日は、桂木さん・高山さんペアと一緒の日で、私は二歳の女の子のゆいなちゃんと積み木で家を作った。今まではお母さんとよく来ていたが、来月、第二子の出産を控えていて、今日は初めてお父さんと来ていた。
ゆいなちゃんに「赤ちゃん、楽しみだねぇ」と言うと、はにかんだような表情を見せた。楽しみと寂しさ、複雑だろうと思う。お父さんにも「楽しみですね」と話しかけると、同じようにはにかんで笑うので、面白かった。
帰宅すれば家事も頑張らなきゃいけないだろうし、ここでは少しでもゆっくりしてほしいと思った。
後ろから、「あら、まだ外す練習してないの?」という高山さんの声が聞こえた。
何かと思ったら、一歳の男の子の蒼空くんのオムツのことらしかった。私は内心焦った。あぁ、やめて。そんなこと言わないで——
「私たちが子育てしてた頃はね、一歳にはもうみんな外していたのよ」
こう言われた相手がどう思うかをなぜ想像できないのだろうか。こういう人は、子育て支援員としての素質がないのではないか。
私は高山さんの後ろにいる桂木さんの方をちらっと見た。彼女も少し困ったような表情を浮かべていた。
「陸翔も、なかなか取れませんでしたからね」
蒼空くんのお母さんは、笑顔で応じていた。
陸翔くんは、蒼空くんのお兄ちゃんで、この春幼稚園に入園した。三月までは「わんぱくきっず」に三人で毎週遊びに来ていたので、すでに恋しい。
陸翔くんはお友達に興味を強く示す子で、一人黙々と遊ぶ子どもとは、特にぶつかり合うことが多かった。でも一年間でとても成長し、相手を思いやって自分の思いを抑える場面を目の当たりにしたときは、陸翔くんのお母さんと二人で涙した。
正午で「わんぱくきっず」がおしまいの時間になり、蒼空くん親子を見送っていると、ゆいなちゃんのお父さんがトイレへ行ったので、私は玄関でゆいなちゃんが靴を履くのを手伝おうとした。するとゆいなちゃんは、カウンターの上にあるケース入りの日本人形に興味を示し、背伸びをして、ケースに触れようとしていた。
おそらくどなたかからの寄贈品だろう。ガラスケースだし、危ない。
「ゆいなちゃん! ストーップ!」
私の声に驚いたのか、ゆいなちゃんは泣きだしてしまった。
困った私は、藤堂さんにお願いしてティッシュペーパーと輪ゴムをもらい、即席でてるてる坊主を作った。
さらにペンを借りて、ゆいなちゃんに顔を描いてもらった。
ゆいなちゃんは、インクがティッシュに染みるのが面白いらしく、何度もペン先を押し付けてた。その結果、やたら顔面パーツの多いてるてる坊主になった。
お父さんがトイレから戻り、「ゆいな、帰ろうか」と声をかけた。ゆいなちゃんはお父さんにてるてる坊主を見せながら、日本人形のことはおそらく忘れて、笑顔で手を振って帰っていったので、ホッとした。
急いで和室へ戻ろうとすると、片付けを終えて出てきた桂木さんと高山さんがこちらを見ていた。
「樫村さん、あなたちょっとやりすぎよ」
高山さんだった。
「あのね、子育て支援って、あくまでサポートだからね。時間内にやるべきことがあるし、お父さんお母さんがやるべきことまであなたがやる必要はないわ」
あの瞬間に最善だと思い、とっさに取った行動だったが、まさかたしなめられるとは……。軽くショックを受け、桂木さんをチラッと見た。かばってもらえないかと期待したのだ。
しかし、桂木さんは目を逸らし、何も言ってくれなかった。
私は鉛を飲んだように気が重くなり、その晩なかなか寝付けなかった。
その翌日の木曜日、また朋樹は学校に行かないと言った。
私自身、昨日のことで参っているせいで、「行きなさい」と言う気力もなく、また朋樹の暗い表情を見るのもしんどくて、午前中は朋樹とは別室で過ごした。
二時からはほっとすぽっとがあったので、朋樹を連れて公民館へ向かった。直樹には鍵を持たせてある。この日は田ノ上さんと代々木さんペアが来ることがわかっていたので行くことにしたが、桂木さん・高山さんペアだったなら、仮病で休んだだろう。
和室にはまだ小学生は来ていなかった。私は田ノ上さんと代々木さんの顔を見るなり、なんだかホッとした。昨日高山さんから叱られたことを聞いてもらいたい気もしたが、グループ内で悪口めいたことを話せば、自分の品位が疑われるような気がして我慢した。その代わり、最近の朋樹に関する悩みを聞いてもらった。
「学校を休むのはまだいいんですけど、ずっと自分が一緒に過ごさなきゃいけないのがつらいんですよね。学校じゃなくていいから、どこか安全なところで楽しく過ごしててくれないかなって」
「気持ちはわかる気がするわ」
「そうよねぇ」
二人は口数こそ少ないが、優しくて、親戚のおばさんのような温かさと気楽さがあった。
朋樹は絵を描いて田ノ上さんに見せたり、自分でつくったなぞなぞを代々木さんに出したりして過ごしていた。私は、ふと思いついて言った。
「例えばなんですけど、このほっとすぽっとを週に一回でもいいので、午前中も開催できたら、学校に生きづらい子も行く場所があって、親子ともに助かるなって思うんですけど……例えば木曜日の午前中、十時から十二時だけとかでも」
二人の様子を伺いながら私は相談してみた。
先ほどまでは親身になって聞いてくれていたのに、二人とも、顔を見合わせ、急に黙ってしまった。
「あ……ごめんなさい。お仕事増やすような話をしちゃって」
「ううん、違うのよ、学校に行けていない子はこの地域に朋樹くん以外にもいると聞いているし、ぜひそれができたらと思うのだけど、実を言うと、私たちもこれ以上は余裕がなくてね……」
田ノ上さんが言った。
「そうですよね……すみません」
「いえ、夫が足を悪くしてね、病院へ送迎することが増えたのよ」
田ノ上さんが申し訳なさそうに言う。
「私も、実は姑の介護が少し大変になってきてしまってね。こういうことって、重なってしまうものなのね」
代々木さんが続けて言った。
「風山子育て支援員」は有償とはいえ、ボランティアであることには変わりない。仕事ではないのだ。このメンバーが疲弊してしまっては立ち行かなくなるのは痛 いほどわかっていた。でも、この地域で不登校や行き渋りの子が以前より増えているのも知っていた。風山町役場の人に相談してみることはできないだろうか。
「桂木さんたちにも近々相談してみましょうかね」
田ノ上さんはそう言いながら、朋樹の絵の色使いを褒めてくれた。
翌日金曜日の朝、二時間だけ行くと言って、朋樹は直樹とともに学校へ向かった。迎えに行かなければいけないのは手間だが、一日中引きこもられるよりは、私の気持ちもふさがないで済む。私は久しぶりに二時間ほど一人の時間が持てることを喜び、アマプラでも観ようとリモコンを探した。
リモコンの横に、私のスマホが転がっていた。画面に「桂木佐和子」の文字が見えて、ドキッとした。受信メールだ。
普段はグループLINEで連絡を取っているのに、メールとは何事だろうと、すぐに開いた。
樫村さん、おはようございます。昨日田ノ上さんから活動の報告を受け、そのことで一点、心苦しいですが申し上げます。
昨日、田ノ上さんと代々木さんに「ほっとすぽっと」を午前中もできないかとご提案されたそうですね。「風山子ども支援員」のリーダーは私ですよ。安易に企画提案をされたら困ります。立場をわきまえて発言には気を付けてください。
それと、一昨日の「わんぱくきっず」での帰りの時間のあなたの行動ですが、多くの規定を無視しているとは思いませんでしたか?
あの場所は5時までと決まっていますので、早く和室を片づけなければなりません。職員さんの帰宅時間にも影響します。トイレに行っている保護者のために、子どものお守りをして、その際のトラブル処理まであなたがする必要はありません。
前から思っていましたが、樫村さんは、「支援」を「承認欲求を満たすための手段」だとはき違えてらっしゃいませんか?支援対象者は友達ではありませんし、私たちの時間と労力は無限ではありません。また、公民館は「自己表現の場」でもありません。あなたが勝手な行動をすればするほど、私たちの首を絞めることになります。周りの状況をよく見て、自分勝手な行動はどうか慎んでください。
また、あなたが現在子育て中であることで、私たちよりも今の子育て事情や、教育情勢に詳しいという態度なのも以前から気になっており、不快に感じています。まるでマウンティングをされているような気分になるときがあります。
そして、あなたが誰かと話し込むと、他の人があなたに話しかけられないときがあります。そういう無神経さはあなたの悪い癖です。普段からあなたの立ち居振る舞いには、危なっかしさがあると、先日他の支援員との話のなかでも出ました。どうかご自分の胸に手を当て、今までの行動に問題がなかったか熟慮いただき、ぜひ改めていただきたいです。よろしくお願いします。
なに……
これ、私のこと……?
こんなふうに思われていたの……?
「100年に1人の逸材」って言ってくれたのは、お世辞でしかなかった……?
殴られたようなショックで、その日、学校に朋樹を十時半頃に迎えに行ったあとは、ずっと布団で横になっていた。
直樹と朋樹が夜の八時になって「ママお腹空いたよ」と呼びに来たけれど、私は空腹も感じない。何もしたくない。
嘘であってほしくて、返信もできなかった。苦しいのに、何度もメール文を読み返してしまう。何かの間違いであってほしい。呼吸をするのもつらい。
寝室のドアが開いていて、そこから高い2階の天井が見えた。
——あなたが勝手な行動をすればするほど、私たちの首を絞めることになるんですよ。
……それなら、私が自分の首を絞めて終わらせたらいいんじゃない。
梁にロープをかけてぶら下がる自分の姿を想像した。
きっと、楽になれるよ。
——いや、何を言ってるの。
直樹と朋樹。あの子たちを悲しませるわけにはいかないでしょ。
それから数日間、子どもたちの食事を用意するのもやっとだった。彼らの話を聞いても頭に入っていかず、気づけば涙が流れている。
「心が生死をさまよっている」——そんな感覚だった。
本当はずっと横になっていたかったけれど、そういうわけにもいかない。無気力さを引きずり、なんとか「生活」を続けた。
私の「支援」が「承認欲求を満たすための手段」……?
私は、来てくれた人と温度のある関わりがしたかった。
支援とか、立場とか、そういうのはどうでもよくて、ただ、人と人として、寄り添い合いたかった。
それを、そんなふうに受け取られてしまうの——
風山子育て支援員、期の途中だけど、辞めたい。
もう終わりにしたい。
<桂木佐和子の日記:2025/4/12(土)>
樫村さんのこと、最初は「若くて、いい人が来てくれてよかった」と思っていた。でも、「わんぱくきっず」や「ほっとすぽっと」の利用者と友達のようにしゃべって、職員の佐藤さんと笑っている姿を見ると、あまりに自由すぎない?って思いが湧いてきた。私がこれまでに積み上げてきた立場、関係性ってものがある。彼女はそれを無意識に壊そうとしている?無自覚というのがまたタチが悪い。公民館を自己表現の場だと勘違いしてる。自分の役割を意識してほしい。
親切に振舞っているように見えるけれど、人から良く思われたいからというのがわかる。自分と他人の境界線がすごくあいまい。支援の立場に立つ人間として、とても危ういと思う。私は彼女をこの町の子育て支援員として育てなきゃいけない。だから耳の痛いことでも言わなきゃいけないと思う。彼女から返信がないけど、どういうつもりか。一言でも反省していることがわかる返信が欲しい。
それにしても、高山さんの自己顕示欲。活動においては少し面倒。樫村さんとはまた別の厄介さがある。
でも樫村さんが来てから、私たちは前よりうまくやるようになってきた気がする。第三者が入ることで、関係が改善したりするもの。人間関係の鉄則?。
来週、少しは樫村さんの行動が改まっていたらいい。道のりはまだまだ長い。彼女にはこれからも頑張ってもらいたい。
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