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10代の頃の友人に会いたいと思えない。

先日、学生時代のアルバイト仲間からLINE電話をもらった。
当時仲の良かったメンバー4人がその日集まることはグループLINEで知っていた。しかし、故郷を離れて18年ほどになる私には関係のない話で、「みんな楽しんでね〜」のメッセージで終わらせていた。
だから、着信の画面を見た時、正直ウッとなった。

「長橋こっち帰ってこないの〜?」
「なかなかね〜」
「懐かしい〜」
「変わらないね〜」
みたいな無難な会話をするも、最初の1分くらいですぐに持たなくなってくる。ひたいに汗がにじみ出す。

これはおそらく、「1対1の関係が好き、ラク」という自分のコミュニケーションの傾向にまだ気づけていなかった時代の友人と、あの頃のままのテンションで会話をしようとするせいである。

自分の気質に早く気づいて、言葉にしたり態度に出せたりしていたらよかったのに、何せ「自分は変わり者だから、周りの雰囲気に合わせなくちゃ」とあの頃無意識に思い込んでいた。自分に無理させて、多少の芝居をするのは当たり前だった。

変わり者の例としては、笑うポイントがみんなとズレていたり、仕事が信じられないほど遅かったり、失恋後しばらくバイト中にも泣き出したりするなど。
特に失恋はつらすぎて、バイトが終わったあと、ノートに書いたポエムの朗読を聞いてもらったこともある。優しい友人はつらそうな表情を見せてくれたけど、今思えば申し訳ない。恥ずかしすぎて、みんなの記憶から消えたいとすら思う。

だから、「あの頃の友人と会っても恥ずかしいし、気が張るだけだし、昔とは考え方も変わっていてわがままにもなってノリも悪いから、会ってもお互いしんどいだけでは」とずっと思っていた。

だけどLINE電話のなかで、友人たちが楽しそうに喋っている姿を見て、

私もあの頃、あの輪の中にいたんだよなぁ。偽らずに、なんなら変化した自分ごとさらけ出しながらその場にいてみたら?案外たのしいのかもよ。

なんてことを、ふと思った。
そしてそんな自分を、彼女たちなら当たり前のように受け入れてくれるような気もした。社会人になりたての頃、一緒に定山渓やニセコへ旅行もした仲間。どこまでリラックスして、どこから無理していたか覚えていないけど、楽しかった記憶だけはある。

友人たちそれぞれ、どんな20年だったのかも聞いてみたい。互いに10代の頃を知っているって、すごいことだよなぁ。

「自分は変わった」と思っているけど、「長橋、全然変わらないね」と言われそうな気もする。
そしてそれはそれで、嬉しいかもしれない。


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