在宅ワーカー、8万円のスーツを買う。
先月百貨店で、8万円のスーツを買った。
正確に言えば、セール期間で1割引きだったので72,000円なのだが、そこに裾上げ代などが加わり、最終的に75,000円くらいになった。
私には、とてつもない出費である。
スーツを買うのは20代以来。40代となった今、リクルートっぽくない、「少しだけ良い品」を買いたいな、とは思っていた。
在宅ワーカーの私が、なぜスーツを買うことにしたかというと、関わっている事業の説明会のお手伝いをしに行くことになったからである。
会社の経営者たちが集まる場なので、「型の古いキツキツのスーツではさすがにみっともないな」と思い、新調することにしたのだった。
とはいえ、私は百貨店の相場をわかっていなかった。スーツというのは、上下で2万、高くても3万くらいのものだと思い込んでいたのだ。
パンツ3万、ジャケット5万の値札を試着室で見たとき、ドバっと冷や汗が出るのがわかった。
しかし、買い物についてきた5歳の娘の疲労がピークでぐずり出しており、また親身になってくれた店員さんに「ちょっと考えます」を言うほうが、私にはハードルが高くなっていた。
上下8万円のスーツに身を包んで試着室から出たときには「これは、自己投資なのだ」と自分に言い聞かせていた。経営者たちが年間数百万円のコンサルに申し込むか否かの無料説明会なのである。スタッフが安物を着ていたら信用に関わるのでは。
バリっと気合入れている私を見て、「あの人、TPOをわかってるな」と思ってくれる人がいるかも。そしてまた次の仕事に繋がることだってあるかもしれない。そのためなら、8万円のスーツくらい、惜しくないよな。
こじつけだったが、なかなかモチベーションの上がる買い物となった。
フィットするわりに、体の線を拾わず体型をスマートに見せる生地で、「これが8万円の価値よ」と自分を納得させた。
その翌週、大阪で行われる説明会に奈良から手伝いに行ったのだが、外部の業務委託の私とは違い、運営事務局の人は私の4、5倍もの報酬をもらっていると聞いていたので、さぞかし良いスーツを着ているだろうと思っていた。ところが――
「これ、チノパンですよ」
上下揃っていないスーツで、何年も前から家にあるやつを着てきたという。
ーーマジか、そんなもんか。
張り切りすぎた自分が滑稽だったが、それでも「形から入る」ことに価値を感じてもいた。
いい品に身を包んで自分の心が堂々とできるなら、その効果は十分にあるだろう。なんだかんだ私ってやつは、かっこつけるのが好きなんだ。
説明会は大阪駅付近の高層ビルで午前中に終了し、その後、事務局の人たちと美味しいランチに一緒に行けるだろうとワクワクしていたのだが、彼らはすぐに新幹線で自宅へ帰らねばならないらしい。そっかぁ。
会場で余ったペットボトルの水を処分すると言う。
「長橋さん、持ってく? いや、重すぎるか」
そう訊かれれば、断るわけはない貧乏性。エコバッグに22本詰めて持ち帰ろうとすると、
「長橋さん、無理しないでね」と言われたので、笑顔で手を振った。
しかし、そのあと15分ほどで指と腕に限界が来てしまった。腰を下ろしつつ、空腹を満たすためには、駅中のファストフードしか選択肢はなかった。
私は、乗り換えの近鉄鶴橋駅で、一人ロッテリアへ入った。
狭い座席で、荷物に挟まれながら、ペットボトルがバラバラと落ちないようヒヤヒヤしながらのランチタイム。
フリフリポテトの粉が、上質ウールの膝の上に落ちた。
それを払いながら、次回の説明会までに、スタイリッシュなスーツケースを買おうと思った。

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは、「生きててよかった」と思えることに使わせていただきます!
