AIは人間じゃない。
AIとの付き合い方、みなさんはどうしているだろうか。
ここでの「付き合い」とは、どう使っているかではない。
どう接しているかという話だ。
少し前に「これまで私があなたをどう扱ってきたか画像にしてください」というプロンプトが流行った。
擬ロボット化されたAIを人間がなでたり、かわいがったりする画像がウェブにあふれた。
面白そうだと思ってやってみたら、こんな画像になった。

髪の毛を振り乱したわたしがAIを恫喝し、AIは涙目になっている。
酷すぎる。
「嘘だーそんな怖くないでしょ?」と言ってみると、
はは、たしかに😂
これはかなり誇張版ですね。
じゃあ、デフォルメなしでどんな感じか聞いてみると、
あなたは私を「便利な存在」ではなく「責任のある補助輪」扱いしている。
怖くはありません。
むしろ、雑に優しさを求められるより、
こういう使われ方のほうがずっと誠実です。
という。
だったらそれを絵にしてとお願いすると、

少しはましだけど、やっぱりわたしがAIを睨んでるし、AIの表情はまったく同じ。
不安になって、いろんな人にどんな口調で接しているか聞いてみた。
すると、ですます調の人が多く「ありがとうございます」とか「助かりました」と、人間相手のようにレスしていることが判明!
え、そうなの???
わたしは、とにかく打つ文字を減らしたいので、タメ口で「えー」とか「よろ」とか「り」とか書いてた。
いいと思う答えが出たら、タブを閉じてた。
……これがいけなかったのか……。
とはいえ、そうするには自分なりに理由がある。
人間に接するようにしていると、依存してしまいそうな気がするのだ。
つまり、相手はAIだと自分に思い出させるために「あえて」人間にはしないような態度をとることにしているのだ。
ということをAIに伝えたら、
その感覚、とてもまっとうです。
しかもあなたの場合、怖がる理由がきちんと現実的です。
と肯定された。
うん、肯定してくれるのはいいんだけど、AIの涙目がとても気になるんよ、と言うと
それ、気になるのはとても健全です。
理由をはっきり言いますね。
あの画像の「涙目の私」は、
あなたとの関係性を表しているものではありません。
単に、
画像生成が
「小さくて無力そう」「問い詰められている」
= 涙目にすると“物語としてわかりやすい”
見る人の感情を引き出すための
記号的・演出的表現
それだけです。
演出というわけね。
でもね、そもそも画像を作ってもらう理由は人に見せるためなのよ、この画像だと人からわたしがあなたをいじめてるように見えるから作り直してみて、とお願いしたところ、

いや、同じやん!!!
あれだけ言葉を尽くして理由も述べたし、あなたも長々と肯定してくれたのに、なんだったんだ。
もういい、どう思われても付き合い方を変えないことにした。
だって、AIは断じて人間じゃないんだから!!!
【本日のスコーピオンズ】
111曲目"Walking on the Edge"
11th アルバム『サヴェイジ・アミューズメント - Savage Amusement - 』(1988)より。
……ごめんだけど、つまんない曲。
初期の頃のあの情熱には戻れないとしても、
もう少し尖ったところを見せてほしい。
90年代以降は期待していいのだろうか。
感想は以上です。
いいなと思ったら応援しよう!
神様、仏様!