サウンド・キャリブレーション

現代のオーディオでは、音源からパワーアンプまで、ほぼ理想的な特性を出せる。けれど「スピーカー」そして「部屋」で大きく乱れてしまう。

そもそも電気信号を空気振動に変換するスピーカーでの理想特性実現は非常に難しく、長い歴史を経た現在でも未だ「リニアな変換」には程遠い状況にある。だから真っ当なスピーカーメーカーは「無響室」という計測部屋で特性を計測しながら、少しでも良い音に成るよう試聴を繰り返して作り込む。
だが、そのスピーカーがユーザーの手元に届くとどうなるか?
スピーカーから放たれた音波はユーザーの再生環境=部屋の壁や天井、床等で反射し跳ね回り、意図した特性はまず再現できない。セッティングでもコロコロ変わる。(それを何とかしようと試行錯誤するのもひとつの愉しみではあるけれど、多くの場合「正解」が分からないまま悶々としているのではないだろうか?)

プロスタジオにおいては、少しでも部屋の余分な反射や回折を抑えようと「吸音」や「拡散」といった様々な物理的音響処理を行う。当然それには安くないコストが掛かる。
一般住宅でもプロスタジオ顔負けの部屋を作ったり、少しでも音響特性を改善しようと吸音材や拡散材を配するなど、志の高いマニアも存在するが、生活空間の場合、そう簡単にできるものではない。

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しかし近年、これまでの概念を壊す音響対策が登場している。
それが「サウンド・キャリブレーション・ソリューション」だ。実体はPCアプリケーションソフトウェアであり、DAW領域では割と急速に浸透し始めている。

早くからPCオーディオ化していた私はその存在を知り、すぐに導入、効果に衝撃を受け現在では常用しているのだが、不思議なのは未だにピュアオーディオシステムで採用している人をほとんど見かけたことが無い。昔からコンサバな業界だからかもしれないが、ピュアオーディオシステムでも、PCオーディオを導入されている方には、私は強くおススメする。
私が使用しているのは Sonarworks 社の SoundID Reference という製品。細かな使い方などは割愛するが「しくみ」についての要点を挙げておく。

  1. PCをオーディオシステムに接続し、様々なテスト音を再生しながら計測用マイクでマルチポイント計測

  2. 計測したデータを分析することで、オーディオシステムと部屋の音響特性を含めたオーバーオールな「状況」を把握する

  3. 得られた状況から理想特性(フラット)に補正するフィルターを生成

  4. 補正フィルターをPC上に仮想デバイスドライバーとして常駐させる

  5. 以降、当該PCで再生する音は、理想特性になるようリアルタイム演算処理されながら出力される

  6. 補正される特性は大きく2種類ある
     ・周波数ー信号レベル特性(いわゆる周波数特性)
     ・周波数ー位相特性(※)

※位相特性は、各周波数帯毎の信号の時間遅延を示す。古今東西、スピーカーは原理的にこの問題からは逃れられず、長年、多くのメーカーが様々な試行錯誤をしてきたが、未だ「ゼロ」を実現できた例は無い。(再生信号周波数によって遅延量が大きく変わるため、例えばドライバーユニットの物理的位置をズラすなどしても、実際の“音楽再生”での最適解は定め切れない)
実現不可能に思えたこの問題は、しかし、PCオーディオで驚くほどあっけなく解決できる。
それはPCに搭載している膨大なメモリーを利用することで、再生信号自体を緻密に遅延制御するとができるからである。つまり、再生環境で最終的に発生する時間遅延具合が計測できれば、その遅延量を相殺するよう、周波数毎に再生タイミングを細かく調整すことで「フラット化」ができてしまうのだ。

その導入効果はーーー仕事柄、各機器の電子回路構成や使用部品、部材、構造、機材の組み合わせやセッティング等でも音が大きく変わる経験を散々してきたが、そんな次元の違いではなくーーーまさに「圧倒的」といえる。「今までの苦労は何だったのか」と言いたくなるくらいに凄い。

そしてSoundID Reference の素晴らしい点は、使用機材を制約しないというところだ。Genelec や Neumann にも似たソリューションは存在するものの自社ブランドの特定スピーカーの使用を前提としている。新規に機材を揃えてスタジオを構築するならともかく、私の様に古い変態スピーカーを愛用している者でも、SoundID Reference は対応してくれるのだ。

とはいえ、このシステムも完璧という訳ではない。
信号レベル補正はデジタル領域で行われるので、その演算プロセスで「ビット落ち」が生じる。拙宅環境の場合32ビット演算で行われている様だが、ハイレゾ音源では十分な解像度とは言い切れない。
また、この機能を有効化するには、一定の時間遅延が発生するので、例えば動画コンテンツでは音声だけが遅れる「リップシンク問題」が発生する。(気になる場合は位相補正を緩めたりOFFすることで対処することになる)

それでも、プロフェッショナルの視点でも、あるいはピュアオーディオマニアの視点からも「サウンド・キャリブレーションによる音質改善効果は絶大」であり、その差は気のせいとかオカルトとか、そんな次元ではない。
むしろ「サウンド・キャリブレーションを行わずに音を評価すると、かなり、いろいろ間違えてしまう」と言える。
以前のシステム紹介記事で「本システムが奏でる音は十分に絶品である」と書いていたが、サウンド・キャリブレーションによる総合特性補正の効果がとても大きな印象を持っている。

システムの導入は比較的容易。PCオーディオ(Win/Mac)を採用していることが前提になるが、製品は計測用マイク込みで6万円程度(2025年時点@日本)。なお、このマイクを使うために別途、ファンタム電源対応のUSBオーディオインターフェースとデバイスドライバーも必要になる。
私が自身のシステムにUSBオーディオインターフェースを採用している最大の理由は、実はこの機能を使うためなのである。

オーディオシステムの音を改善すべく、高価な機材に手を出そうと考えている方はその前に、現在のシステムに自信がある方はその実力を検証する手段として、一度は試していただきたいソリューションだと思う。
誰もがショックを受け、そして自分のシステムがもっと好きになれると思う。(あるいは・・・いろいろ悔やむことになるかもしれないけど^^;)

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【蛇足情報1】 拙宅システムにおける音響特性例

パープルが素の状態、グリーンが適用フィルター特性
各周波数で位相差最大60度、信号レベル最大6dB程度の乱れが確認できるが
これでも割と小さい方だと思う

【蛇足情報2】
愛用中のスピーカー EBTB TerraⅡpro は、クロスオーバーネットワークの調整が非常に難しく、背面のHFレベル調整アッテネーターの設定によって音の印象が大きく変化する。しかもその最適値は音圧レベルによって変わるのでセッティングにはかなり苦労していた。
だが、SoundID Reference を導入した途端、その苦労は消え、あたかもスピーカーの存在が消えたかのように鳴り始めた。

【蛇足情報3】
これは吸音材や反射材など、旧来の物理的な音響補正を否定するものではない。
いくらハイビットでのフルデジタル音響補正とはいえ、データ処理の観点からも最終的な音質面においても「補正する量」は少ない方が良いに決まっている。予め物理的対策を可能な範囲で行っておく事により、キャリブレーション時の補正量を減らすことに繋がる。