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理想のキッチン探し①港北ニュータウン

 新しいカテイカ研究会の活動で、以前noteで家事のコラムを書いてきた。その中でも人気が高く、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』でも書いたのが、「やる気を奪うキッチン」についての記事だ。

 それで理想のキッチンについても考えるようになり、noteでも考えたときがある。

 だけどやっぱり、描いているだけではわからないことが多い。折よくと言うか折悪しくというか、最近仕事の守備範囲や好奇心の幅が広がって、資料が加速度的に増えてきて本棚からあふれ始めている。もう少ししたら引っ越しを真剣に考えなければならない事態に陥った。

 だったら、欲しいキッチンはどういうものなのか、次の引っ越しかどうかはともかく、将来リノベーションや新築などで自分が関わって理想を実現できるのかどうか、と考えたときに、欲しいイメージをしっかり持つことが必要ではないかと考えるようになった。

港北ニュータウンの夢

 そんなとき、私の資料のあふれっぷりを心配していた夫が、港北ニュータウンでUR賃貸のいい物件を見つけてきた。二つあって、そのうちの一軒が冒頭にあげた写真である。なんと90㎡弱もある。実際に物件を観に行ってみると、バルコニーの向こうには大きな木がある。樹木などの緑が見える部屋は私の理想である。そして、キッチンのスペースも広い。壁側に鍋や家電置き場を設けても、2人で作業することだってできる。今は避けてもらわないともう一人が入ることができない。

 憧れの三口コンロも入っていて、賃貸でも三口コンロが実現できるのね、と目がハートになった。調理台も広い。これだったら、洗い桶を置いても、まな板を置いて野菜などを置いて作業することが十分にできる。引き出しや戸棚の容量も大きい。コンロ横の壁際には、調味料やスパイスを入れられる小さな引き出しまでついている。

 キッチンの横には、花台がついた窓があって、例えばまな板を干したり梅干しを干したりできる。バルコニーも広いので、やっぱり梅干しを干せる。「なんぼほど梅干しを干すんや」と夫からツッコミが……。

 もう一つの物件の間取り図がこちら。

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 こちらは約82㎡で先の物件より少し狭いが、壁面が多く本棚を置けるスペースが多いので、全体的に使い勝手はこちらのほうがよさそうである。そして、キッチンスペースはこちらのほうが、0.5畳広い。何も入っていない現状は、踊れそうなぐらい広い。もちろん三口コンロ、もちろん広い調理台と容量の大きな引き出し。ただし窓はない。

 家賃はどちらも、今より若干高いものの無理をしないで払える。しかも、URなら保証人はいらないから年をとっても住めるし、更新料も必要ない。理想の物件ではないか?この家は。

 13棟以上の巨大集合住宅群だが、デザインと配置を工夫していて圧迫感は少な目。実は私、昔から巨大な設備が苦手で、ショッピングモールだのIKEAだのに気後れするタチである。巨大団地も怖いし、建売の同じデザインの家が十何軒も並ぶ風景も苦手である。だけど、この理想の物件を前にして、昔のものより柔らかい雰囲気なんだから集合住宅群でもいいじゃん、とそこは妥協できる気がした。

 駅からも約10分とそれほど遠くない。ただ、途中に同じデザインのテラスハウス群があったのは気になった。でもまあ、道路の反対側は公園だし、そんな圧迫感もないし、これも妥協範囲内。

 しかし、街を歩いていて、自分を試されているような気がした。何しろ、裏側には便利でリーズナブルなスーパーがある。駅前にはおしゃれなスイーツ店が2店もある。おしゃれなパン屋もある。ちょっと検索すればパン屋はいくつもある。家のすぐ近くに大きな林がある美しい緑道が整備されていて、その道を通れば車や信号とぶつからずにあちこちに行ける。自転車で行ける範囲に、あるいは電車で1駅2駅で、センター北、センター南の繁華街がある。そこには、阪急の商業施設、スーパー、地元野菜も含めた直売所がある。大きな書店もある。カルディコーヒーファームも、ABCマートもユニクロも無印もシネコンもスポーツ施設もある。要するに、およそ一般の人が求めそうな商業施設はたいていある。病院までは検索しなかったが、内科小児科などは目につくところにあった。

 誰かが「さあ、何でも用意しましたよ。欲しいものはこの町に何でもありますよ」「家の設備も整っていますよ」と詰め寄ってくるようである。「これで何の不満があるんですか」と迫られ、自分が試されているようだ。

 1日歩いただけで町を全部把握できるはずもないが、私が好きなのは、路地裏なのである。個人が趣味なのか生き方なのか、主張しているようなお店なのである。カメラを持ち歩いたが、すべてが計画の範囲内といった感じで整備されていて、トマソンがない。思わず撮りたくなるような、植木鉢が散乱していたり、よくわからない置物がドロドロになっていたり、といった人間の無意識のほころびみたいなものがない。

 港北ニュータウンは一つの理想形である。一人の都市プランナーが横浜市から依頼され、昭和期の数々のニュータウンの事例を研究したうえで問題点を解決していったものだ。都市計画なんて恐らくさまざまな思惑が絡んだだろうに、みごとに理想の街を創り上げた。生産緑地と市街地を組み合わせ、車と人がテリトリーを守れる町。その人、田村明氏は「横浜の天皇」との異名まで取っていた。そういう経緯だからか、何だか箱庭の中を歩いているような感覚に陥った。

 私はディズニーランドとディズニー映画が苦手である。自分の心が闇だらけなので、闇がないように設計された夢の空間が苦手なのである。作家の葛藤や屈託が濃い影を落とした作品しか、受け取れないのである。だから、そういう誰かの夢の中で踊ることや、そこは生活空間に過ぎない、と割り切って距離を取ることができないのである。

 町にいる間は夢の世界に幻惑されていたが、東急線に乗り換え、やがていつもの見知った空間に入ってくると次第に夢が覚めていった。ワクワクしながら見ていたくせに、夜になったらすっかり「あの物件は理想だけど、あの美しすぎる町には住めない」と言っていた。

 数日のうちに、物件は両方とも不動産サイトから消えていた。

 

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