技術的にできることと、ビジネスとして回すことは違う。その溝を埋める人が足りない
先日、あるベンダーの開発リーダーと話をしていたときのこと。
技術者がベンダーに対して「これ、できないの?」と聞いたらしい。ベンダーは「できない」と答えた。すると技術者がその場でやってみせて、「ほら、できるでしょう」と言った。
ベンダーは黙ったという。
この話を聞いたとき、ベンダーの沈黙の意味がすぐにわかった。彼が言っていた「できない」は、技術的に不可能だという意味ではなかったはずだ。おそらく「これをビジネスとして成立させることはできない」という意味だった。
採算が合わない。サポートし続ける体制が組めない。この価格ではやればやるほど赤字になる。そういう判断を含んだ「できない」だったのだと思う。
技術者はそれを、純粋に技術の話だと受け取った。だから目の前で実装してみせた。デモは成功した。でもベンダーの問題は何一つ解決していない。
同じ言葉、違う基準
これは「コミュニケーション不足」の話ではない。もっと根の深い問題だと思っている。
「できる」「できない」という日本語を、関係者全員が同じ意味で使っていると思い込んでいる。でも実際には、立場によって判定基準がまるで違う。
技術者の「できる」は、技術的に実装可能だという意味だ。コードが書ける。APIが叩ける。動作する。その判定基準は「動くかどうか」にある。
ベンダーの「できない」は、事業として持続可能でないという意味だ。開発コスト、保守体制、サポート工数、価格設定。この構造の中で赤字にならずに提供し続けられるか。判定基準は「回るかどうか」にある。
そして行政の「できる」は、また別の基準で動いている。予算がつくか。前例があるか。庁内で合意が取れるか。議会に説明できるか。判定基準は「通るかどうか」だ。
「動くかどうか」「回るかどうか」「通るかどうか」。三者が同じ「できる」を使って、三つの別の問いに答えている。そしてそのズレに、誰も気づいていない。
なぜ誰も翻訳しないのか
このズレは、意識すれば気づける。でも現実のプロジェクトでは、ほとんど言語化されない。
理由は単純で、翻訳する立場の人間がいないからだ。
技術者は技術者同士で話す。ベンダーはベンダーの社内論理で判断する。行政は行政の予算と前例のルールで動く。それぞれが自分の「できる」の基準を持っていて、相手もそうだとは思っていない。
冒頭のエピソードで技術者がデモをしたとき、彼にとっては親切心だったはずだ。「ほら、難しくないでしょう?」と教えているつもりだった。でもベンダーにとっては、自分の判断を否定されたように映ったかもしれない。技術的にできることは最初からわかっている。それでも「できない」と言ったのは、別の基準で判断していたからだ。
ベンダーが沈黙したのは、この説明をその場でする言葉を持っていなかったからだと思う。「技術的にはできます。でもビジネスとしては成立しません」——この一文を、技術者に伝わる言葉で言い換えるのは、思った以上に難しい。
システムの話だけではない
このズレは、ITプロジェクトに限った現象ではない。
政策の世界でも同じことが起きる。「制度的にはできる」けど「現場のオペレーションが回らない」。法律上は可能でも、窓口に来た住民に説明するマニュアルがなければ、制度は動かない。
組織の中でも起きる。「やろうと思えばできる」けど「あの部長が首を縦に振らない限り進まない」。技術でも制度でもなく、合意形成という別の基準が「できない」を決めている。
新規事業でも起きる。「プロトタイプはできた」けど「これを月額いくらで売って、何社が契約してくれたら黒字になるのか」が見えていない。動くものと、売れるものの間にある溝。
どの場面でも構造は同じだ。「できる」の基準が複数あることに気づかないまま、一つの基準だけで判断が進む。たいていの場合、技術の基準が先に答えを出してしまう。技術的にできることは目の前で見せられるから、説得力がある。でも「回るかどうか」「通るかどうか」は、デモでは見せられない。
「できる」を翻訳する仕事
僕が官と民を渡り歩いてきた中で、一つだけ身についた感覚がある。
誰かが「できる」と言ったとき、「何の基準で言っているか」を確認する癖だ。
技術的にできるのか。事業として回るのか。組織として通るのか。この三つは、それぞれ別の問いだ。一つが「できる」でも、残り二つが「できない」なら、プロジェクトは走り出した後に止まる。
逆に、三つの基準を最初から言語化しておけば、「何がボトルネックか」が早い段階で見える。技術的にはできる。でも事業としては赤字になる。なら、スコープを削るか、価格を変えるか、別のアプローチを探すか。判断の選択肢が増える。
冒頭のベンダーが沈黙せずに済んだ言葉があるとしたら、こういう一文だったと思う。
「技術的にできることは、承知しています。私たちが申し上げているのは、この仕様のまま継続的にサポートする体制を組めるかどうか、という別の問いです。」
この一文を、プロジェクトの初期段階で誰かが言えるかどうか。それだけで、壊れるプロジェクトの数は減る。
技術の言葉と、ビジネスの言葉と、行政の言葉。三つの「できる」を翻訳できる人間が、どの現場にも足りていない。

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