越境202X ハーリーの海、その先へ ― 与那国・蘭嶼・バタネスを結ぶ海の道
沖縄では今年もハーリーの季節がやってきた。
ハーリーは単なる伝統競技ではない。
港に並ぶサバニや爬龍船を眺めていると、日本の端に今も残る海洋文化の記憶が息づいているように感じる。
船が海へ漕ぎ出す光景を見ていると、かつて人々が国境を意識せず黒潮に乗って往来していた時代を想像せずにはいられない。
そんな折、心を揺さぶられるニュースを知った。
つい先日、台湾南東沖の蘭嶼に住むタオ族(ヤミ族)が、伝統的な木造の手漕ぎ船でフィリピン・バタネス諸島への航海を成功させたという。
約300年ぶりに祖先の海路を復活させる歴史的な航海だった。
バタネス諸島はフィリピンの北の果ての島々である。
直線距離ではマニラよりも台湾の方がはるかに近い。
蘭嶼のタオ族とバタネスのイヴァタン族は、もともと同じオーストロネシア系海洋民族である。
植民地支配や国境の形成によって交流は途絶えていたが、今回の航海によって失われた海のつながりが再び結ばれた。
到着したタオ族を、イヴァタン族は「兄弟姉妹」として迎えたという。
それは単なる冒険ではない。
国境ができる前から存在した「海の道」が、現代によみがえった瞬間だった。
このニュースをきっかけに、フィリピン最北端のバタネス諸島について調べてみた。
そして、あることに気づいた。
沖縄から台湾へ。
台湾から蘭嶼へ。
蘭嶼からバタネスへ。
海に浮かぶ島々が、まるで一本の道のようにつながって見えたのである。
世界の果てにある島
特に心を引いたのは、バタネス諸島最大の島、イトバヤット島だった。
そこはリゾートではない。
断崖絶壁の海岸線。
風に揺れる草原。
石造りの家々。
絶え間なく吹き抜ける海風。
観光地というより、「世界の果て」という言葉が似合う場所だ。
島にはイヴァタン族が暮らしている。
そして、その文化が蘭嶼のタオ族と深く結びついていることを知った時、これは単なる離島巡りの話ではないのだと気づいた。
沖縄から南へと続く、一つの海洋文化の物語だった。
与那国の先に続く海
考えてみれば、与那国島もまた同じ海の上にある。
西崎に立てば、晴れた日には台湾の山影が見える。
その先には蘭嶼があり、さらに南にはバタネスがある。
今は日本、台湾、フィリピンという別々の国だ。
しかし古代の海人たちにとって、そこは国境ではなく、一続きの海だったのではないだろうか。
台湾から蘭嶼へ。
蘭嶼からバタネスへ。
そしてさらに南の太平洋へ。
彼らは水平線の向こうへ向かい続けた。
この広大な海の文化圏は「オーストロネシア世界」と呼ばれている。
台湾を起点に、フィリピン、インドネシア、ミクロネシア、ポリネシア、ハワイ、ニュージーランド、さらには遠くマダガスカルまで広がる世界最大級の海洋文化圏だ。
海は隔てるものではなく、結ぶものだった。
地図の上では遠く離れて見える島々も、彼らにとっては同じ海に浮かぶ隣人だったのかもしれない。
そう考えると、与那国もまたその大きな海の世界の入り口に立っているように思えてくる。
自分は以前から与那国という場所に強く惹かれてきた。
そして今、蘭嶼やバタネスにも同じような憧れを抱いている。
なぜなのだろう。
考えてみると、自分が惹かれているのは観光地ではなく「境界」なのかもしれない。
国境。
文化の境目。
世界の端。
与那国も、蘭嶼も、バタネスも、地図の端にある場所だ。
しかし不思議なことに、最果てに立つと終わりを感じるのではなく、その先へ続く世界を感じる。
海の向こうに別の島がある。
別の文化がある。
別の人々が暮らしている。
その感覚が好きなのだ。
どこかへ向かう旅でありながら、同時に失われた何かを探しているような感覚。
もしかすると自分は、まだ見ぬ異国に憧れているのではない。
かつて海でつながっていた世界の記憶に惹かれているのかもしれない。
いつか旅をするなら、こんなルートを辿ってみたい。
沖縄本島 → 与那国島 → 台湾東海岸 → 蘭嶼 → バタネス
もちろん現実には飛行機を乗り継ぐ旅になるだろう。
それでも自分の中では、この島々は一本の道としてつながっている。
与那国の海岸に立てば台湾を眺める。
蘭嶼の断崖に立てば、その先のバタネスを想う。
バタネスの丘の上からは、台湾の向こうに沖縄へ続く海を見つめる。
それは観光旅行ではない。
数千年前から続く「海の道」を辿る旅だ。
飛行機なら数時間の移動かもしれない。
しかし心の中では、古代の航海者たちが見たのと同じ水平線を追いかける旅になる気がする。
もしかすると自分が憧れているのは異国ではない。
海の向こうに暮らす、遠い親戚たちなのかもしれない。
国境線は地図の上にある。
けれど海の道は、今も人の遠い記憶の中に残っている。
