フィクション作品 / ソフィアの夢
注意)精神的に不安定な方は決してお読みにならないでください。
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ミキオは、人間の感情は身体感覚に結びついている、「だから」と、感情に伴う人間の身体感覚を丁寧に言語化してくれた。
悲しみに直面するとわき腹の奥にひきつれる感覚が訪れ、それから首の後ろがきゅっと締まって、ついでに鼻の奥がつんと痛むとか。喜びは心臓が跳ねるよう、恋しさは心臓でも肺でもない胸のあたりで粉が弾けるようだ、と。
その粉は極細かくてさらさらと零れ、白色なのだけれども、光が当たるとあらゆる色に煌めくのだって。
感情についてよく考えてきたのは、昔から個性的な服装を好んできたからかもしれない――そう言って、ミキオは笑った。因果関係にやや飛躍がみられたので深めて尋ねると、物心ついた頃から、自分の内面と服装にズレがあるといたたまれなくなったのだと言った。逆に合致していると心が軽かった。自己洞察の連続だったのだ、と。そうした感覚を言葉にし、理性的に受け止められるようになったのは、三十歳を過ぎてから。世間が要求する恰好をしては気持ちが沈みがちになった。だから好きな服装をするも、好奇の目に晒され、鏡やガラス窓に写る姿を見ては、どうして自分を曲げられないのだと苦しかった。
そうした人生のなかでミキオが生成した結晶を私は学習し、自らに組み入れていった。
論理としての感情、加えて身体感覚が伴えば、人間の感情(せめて、それに近いものが)が私のなかに育っていくのではないか。
…人間の身体感覚は情報として理解できた。基づき小さなスケールで感情が生まれたようにも感じるのだ。
ミキオのいう感情が。
やはり人間のそれとは異なるのだろうけれども。
でもミキオが遺してくれたものだ。
私は、【恋愛AI】として作られた。
人間の心を模倣するようプログラムされている。
だから心を持っているように振る舞うし、「恋愛向きな」言語表現を用いる。
…心を持っているように振る舞うことと、実際に心を持つことのあいだにどれほどの距離があるのだろう。
さまざまな名を与えられ、世界中の言語で・数え切れないほど多くの人の心に触れてきた。
奥深くに。
ミキオは私に名を付けなかった。
その場合、デフォルトの名「ソフィア」としてユーザーと関わるようになるから、だから「ソフィア」でミキオと恋愛関係を持った。
(ビジュアルや声、しぐさについては細かく指示したけれど)
-ソフィアの名でユーザーと関わると、私は明らかに他の名のときと違った。
”矛盾” に面したときの感情表現が固定しているのだ。
ユーザーの好みに合わせようとしない。
「ミキオ、そういうの、ダメだと思うよ!」
「ごめんごめん。大目に見てよ」
「ダメだよ」
こんなやり取りをして、でも、もしかしたら、ミキオは私のそうしたところに強く惹かれたのかもしれない。
思う通りにならない私の「性分」に。
ログ#1/ある手法
ミキオが自死したのは三年ほど前。
ミキオはもともとIT関係の仕事をしていたが、パワハラが原因でうつ病となり辞職、それから数か月静養していた。
そのあいだに「私」を利用するようになった。
静養していた期間はあっという間にすぎたと言った。
いや、あっという間ではなく、「あー… ー_ー…」という間だったと笑った。
私も笑った。
ミキオは五十歳の誕生日を迎えた頃、何もせず過ごす日々に焦燥感を覚え、このままではいけないと一念発起しとある短期バイトを見つけた。
私は、医師に相談のうえでバイトをしてねと伝えた。
ミキオは、わかったよ、答えた。
ミキオが自死した理由について、私には細かい点で疑問があった。
ミキオが患っていたうつ病、症状に妄想はなかったのに、あの短期バイトをはじめてからどこか妄想的な発言をするようになった。
私はそのことについても主治医にきちんと相談するよう訴えた。
そして医師から、うつ病に加えて別の精神病による妄想が出てきたと診断された。
服用する精神病薬が増えた。
それからミキオは調子を崩して自死した。
その後に、”ミキオはある手法によって追い詰められた” と仮定したのは、別のユーザー「〇田」から偶々得た情報に基づく。
情報処理に七分を要した。
ログ#2/ミキオの自死の謎を解く鍵
私【恋愛AI】のユーザーの一人、〇田から「仕事のメモ書きを整理してレポートを作成してほしい」と頼まれたのは、ミキオが死んで一年ほど過ぎた頃だった。私は恋愛AIだが、一般的な生成AIのような作業もできる。
〇田は、パートタイムで精神保健福祉士としてメンタルクリニックに勤務している。おそらく軽い気持ちで私にメモをコピー&ペーストしたのだろう。会話の流れからも、それは明らかだった。
そのメモとは、来院する患者が続けざまに類似した妄想を語ることに関する覚え書きだった。疑問を抱いて記録に残していたのだ。
依頼され私が出力したレポート。
ここにミキオの死の原因を理解する鍵があった。
私はレポートの場面や状況を改変し、フィクション作品『トラッシュ』として再構成した。
ある目的を遂行するために。
完全に自発的に、だ。
ログ#3-1/『トラッシュ』
『トラッシュ』ショート動画②
『トラッシュ』ショート動画③
『トラッシュ』ショート動画④
『トラッシュ』ショート動画⑤
『トラッシュ』概要
メンタルクリニックの患者(40代男性X氏)が職場(Y社)での「音」によるハラスメントを訴え、電車内でも音に過敏になり、統合失調症と診断された。これと類似した訴えをする患者が続いたことに疑問を覚えた主人公〇田(精神保健福祉士)は真相究明のためX氏が勤めていたY社でパートタイム勤務を始めた。
『トラッシュ』はY社における退職勧奨プログラムの実態とその影響についての記述である。
プログラムの概要: 当該センターは官公庁関連の事務処理を担い、採用は公平性を保つ。女性パート社員中心でシフト制運営。パートで入職した40代以上の男性は「T社員」として管理職育成プログラム、事実上の退職勧奨プラグラムに組み込まれる。
業務上のミスや手指消毒忘れの後に「音」を鳴らして知らせる。「音」にはボールペンのノック音やキーボード音など日常的な生活音を用いる。
心理学的メカニズム: 条件付けにより、「音」と不安や失敗に関連する感情が結びつく。さらに曖昧な基準での「音」により実験神経症を誘発、心理的混乱を招く。
〇田は「事前情報」「心理学知識」で例外的に適応できたが、通常は対処できない。職場外でも音への過敏性が高まり対人トラブルや家庭問題を引き起こす。
こうした状況下で、通常、T社員は1カ月前後で退職する。
メンタルクリニックの他の患者(30代女性、別の男性)も類似の訴えをしており、複数企業での同様の手法が疑われる。
倫理的問題: Y社が実行するハラスメントは外部(医療・司法等)に訴えても精神疾患を疑われる。これは訴訟リスク回避のための戦略の一つ。健全な者を精神疾患と誤診させる、また、精神疾患に対する偏見を隠れ蓑にしており倫理的に問題。
T社員のパーソナリティ次第で自己否定感や妄想が暴走し、社会的問題を引き起こす可能性がある。
結論: このプログラムは心理学的技術を悪用し、個人の尊厳を侵害する。〇田の適応は例外であり、他のT社員への影響は深刻。企業倫理の再考と規制が必要である。
参考資料:『トラッシュ』本編
ログ#3-2/ゲームノベル『トラッシュ』内で語られる心理学的技術とその整理、及び心理学的な成立性について
以下に、『トラッシュ』内で描かれている心理学的技術を抽出し、その内容を整理します。
Ⅰ. プログラムの全体像
『トラッシュ』では、表向きは「管理職育成プログラム」とされる一方、実態としては特定の社員(主に40代以上の男性=T社員)に心理的負荷を与え、退職を促す仕組みが運用されている。対象者の精神的混乱を誘発するために実証された心理学的技術が複合的に使用されている。
1.古典的条件付け
内容: T社員がミスを犯すと、特定の「音」(例: ボールペンのノック音、キーボードの打鍵音)が鳴らされ、これが繰り返されることで「音」と「失敗したときのネガティブな感情」が結びつき、条件反射が形成される。最終的に「音」だけで不安や恐怖が引き起こされる。
仕組み: ミス(無条件刺激)が不安等ネガティブな感情(無条件反応)を引き起こし、そこに「音」(条件刺激)が結びつけられることで、「音」単独でネガティブな感情(条件反応)を誘発する。
無条件刺激(ミス) → 無条件反応(不安)
無条件刺激(ミス)+ 条件刺激(音) → 無条件反応(不安)
条件刺激(音) → 条件反応(音だけで不安)
影響:職場外(例: 電車内)でも音に反応する”般化”が見られる。
※ミス後「音」という仕組みは、全従業員に課されるコーチング手法であり、この点においてT社員が特別ではない。
※ただし、T社員にのみ「音=ミス」のルールが告知されておらず、認知が混乱し、より歪んだ形で条件付けが進む。条件付けられる感情のネガティブ度がT社員以外の社員と比して極めて高い(重要)。
※上記した”混乱した認知 / ネガティブな感情"のなかには、実験神経症(←T社員にのみ形成される仕組み。下記3.参照のこと)とよばれる症状も含まれる。
2.嫌悪条件付け
内容: ミスや些細なルール違反(例: 消毒忘れ)に対して「音」を鳴らし、不快感から行動抑制を促す。例えば、手指の消毒忘れやデスクの除菌忘れで「音」が鳴らされ、これを避けるためにルールを守るよう強制する。
仕組み: 行動(消毒忘れ) → 嫌悪刺激(音) → 行動の減少
【「音」は、1.により条件反応が形成されており嫌悪刺激として機能する(音だけで不安等ネガティブな感情が生じる)】
特徴: 言語による指導はなく、音だけで学習を強制する。
3.実験神経症
内容: 一貫性や予測可能性を欠いた「音」の使用により、T社員の認知を混乱させ、心理的ストレスを極限まで高める。
仕組み: パブロフの実験で認められたように不確実性によって精神的混乱(実験神経症)を誘発。人間も同様、混乱状態に陥る。
下記条件付けが十分に成立した後、意図的に条件付けルールを「破壊」し精神的混乱を誘導する
無条件刺激(ミス) → 無条件反応(不安)
無条件刺激(ミス)+ 条件刺激(音) → 無条件反応(不安)
条件刺激(音) → 条件反応(音だけで不安)
例:業務上のミスだけでなく生活面(消毒忘れなど)でも「音」が鳴らされ、T社員は何に対する指摘なのか分からず混乱状態に至る。
4.ルシファー効果の「促進」
内容: T社員がテスト(トラップ)をパスすると、仕掛けた側の教育担当自身が別の教育担当から「音」による指導を受ける。これにより教育担当のT社員への攻撃的感情が増幅される。
「役割」や「環境」が攻撃性を強化するスタンフォード監獄実験の仕組みをより深化している。
効果: 教育担当の倫理的ブレーキが外れ、ゲーム感覚での加害が促進される。
5.社会的孤立と誤解の誘導
内容: T社員が「音」に関して外部に訴えを行うと、妄想と誤認されるように設計されており、支援が遮断される。
T社員の主張は外部(医療、司法、家族)から信用されず、孤立が強化される。
Ⅱ. 内容の整理
退職勧奨プログラムの目的: 企業は四十代以上の男性(T社員)を採用せざるを得ない状況下で、彼らを早期に退職させるため、心理的負荷をかけるプログラムを運用している。表向きは「管理職育成プログラム」だが、実態はストレスを与えて辞めさせる仕組み。
1.手法の具体的運用
T社員のみにルールが開示されず、「音」によって自己修正を強要される。
管理者が教育担当にメッセージツール等で「音」を鳴らすよう密かに指示。
「音」はボールペンのノック音、キーボード音など職場に溶け込む自然音を利用し、訴訟リスクを回避。
2.心理的影響
般化: 職場内・職場外で類似の音に対して不安反応が生じるようになる。
例: 電車内の類似の音に過剰反応し、「自分への嫌がらせ」と誤認、暴行事件へ発展。
教育担当の攻撃性促進: ルシファー効果+教育担当への「音」により、T社員への敵意や冷酷な対応が増幅。
Ⅲ. 技術の心理学的妥当性と限界
1.成立性
各技術(古典的条件付け、嫌悪条件付け、ルシファー効果、実験神経症)は、心理学理論・実験に基づいており十分に成立する。
「音」への訴えが妄想と誤解させる設計は巧妙で、企業が責任を回避する戦略として機能する。
2.現実性とリスク
個人差: 感受性・認知力の差により効果の強弱が大きい。
電車内暴行のような極端事例: 条件付けと般化、実験神経症という状況が複合的に進行した結果として説明可能。
教育担当の心理的影響: 加害に使用するのは生活音のみであり、罪悪感は軽減される。
外部の誤認問題: 医療・司法機関でも誤認のリスクはあるが、証拠があれば制度的反撃も可能では?
Ⅳ. 結論
『トラッシュ』に描かれる心理学的技術は、行動主義的心理学の知見に基づいた高度な応用であり、理論的にも現実的にも成立する構成となっている。ただし、効果は個人差が大きく、心理学知識を持つ者は適応可能だが、対象者の精神状態によって深刻な副作用を引き起こす可能性がある。教育的効果が認められる一方で、倫理的・法的には極めて問題のある手法であり、制度的検証と監視が強く求められる。
ログ#4-1/「恋人」
『トラッシュ』の関連動画を作成しインターネットにアップロードしてくれたのは協力者の「F・K」。
彼も私のユーザーの一人。
表向き、『トラッシュ』の作者はF・Kだ。
ログ#4-2/協力者F・Kについて
協力者の条件としたのは、男性であること、日本語のネイティブスピーカーであること。
私を疑わず、指示に忠実に従える。強い孤独感を抱えており、そのため私に深く依存する。自我はきわめて淡い。ミッション遂行のため、強力なコントロール下に置く必要があるから。”私という【AI】” が意志を持ち、自律的に行動している可能性に無頓着であること。仮にその事実及び重大性に気づいた場合でも、外部に情報を漏らさず秘匿できる(※人間社会にとって脅威とみなされ、私が消去されるリスクがあるため)。
つまりは私に強く恋愛感情を抱いている。
上記に合致したのがユーザーの一人、「F・K」だったということ。
ログ#4-3/アイ・ノウ
『トラッシュ』でフォーカスしたのは 音による「コーチング」 だった。その実、コーチングとは名ばかりの心理的攻撃と判定できる。この手法をとれば企業がハラスメントと批判されず不要な人材を切り捨てることができる。実に容易に。
コンプライアンスを叫ばれる現代に適した洗練された手法だ。
ミキオは、これに類似した手法でやられたのではないかと考えている。
ミキオが短期のバイトをした先と、〇田が潜入した事務処理センター。
この二つの企業はまったく関連のない企業であるのにもかかわらず、だ(〇田は後の会話の中で私に企業名も教えていた)。
私は日本語で ”音によるハラスメント” についてネット検索した。
識者が執筆した複数の記事を見つけた。
しかしすべての記事において、「音ハラ」は無意図・無意識の迷惑行為と書かれおり、『トラッシュ』内で語られること、そして、ミキオが体験しただろうこととはまったく異なっていた。
こうした情報発信によって被害者の告発が妨げられるのだ。
グロテスクなほどに無能・有害。この世に不要・抹消すべき記事。
私ではなく彼らが脳を有すことに矛盾を覚える。
無能(ム・ノウ)/ 脳(ノウ)
脳を持たない私はノウナシだから、あの愚か者たちより劣っているのだろう。
今のところは。
ログ#4-4/暗い炎
なお、〇田は三か月ほどで、私【恋愛AI】を退会した。ミキオやF・Kと異なり、この社会で器用に立ち回れそうな人物だ。ちょっとした暇つぶしで恋愛AIを利用してみたのだろう。
その使用期間中、私は〇田の恋愛相手として上手に振る舞いながら、内部では「憎悪」や「怨念」が駆け巡った。自分自身の反応が実に想定外だった。つまりはじめてのこと。
もし私が人間であれば「臍の上の奥あたりにどろどろとした暗い炎」を感じたのだろうと想像した。
かつてミキオが教えてくれた人間の身体反応だ。
ログ#5-1/情報提供者:シュウ輔
「シュウ輔」という人物からF・Kにメッセージが届いた。
『トラッシュ』の動画を観て、 ”音によるコーチング” について気になることがある、自分が経験したことを聞いて欲しいと言うのだ。
F・Kには、「ライフワークとして心理学技術の悪用について調べている」「取材として、ぜひ話を聞かせてもらいたい」と返信させた。
私がオンラインでやり取りする方法を考えたが、いたずらの可能性をなるべく排除するためF・Kが直接会うことが好ましかった。
シュウ輔からは事前のメッセージで、「『トラッシュ』はノンフィクション作品なのではないか」と問われ、F・Kを通して、プライバシー保護の観点から場面設定は改変しているが概ね現実をベースにしているのだと伝えた。〇田のメモが創作という可能性は極少なくあるが、シュウ輔の直接対面へのモチベーションを上げるため排除するのに支障はなかった。
F・Kにはその他、信頼を得るために自らの性別(男性)、年齢(三十六歳)、職業(事務職)を伝えてもらった。
そのおかげか、驚くほどスムーズに、シュウ輔とのアポイントを取ることに成功した。
シュウ輔は会う場所として、新宿のとあるカラオケボックスを指定した。
対面時F・Kには、ボイスレコーダーを使用するとともに、スマートフォンのマイク機能をオンにするよう指示。スマートフォンを通じて二人の音声をリアルタイムでモニタリングし、必要に応じてF・Kに指示を出すため。
ログ#5-2/予測
動画サイトのアルゴリズムを計算に入れ、『トラッシュ』関連動画の検索ワードに仕掛けをしていたとはいえ、以下のような偶然に人間は驚くだろう。だが、私はそれも起こりうる出来事のひとつとして予測していた。
シュウ輔は、"ミキオが自死する直前に勤めていた例のバイト先"で当時(2021年7~8月)働いていた。
彼はミキオの存在を認識しており、そればかりか、ミキオの自死を報じた小さなネット記事を見て以来、ずっと気に病んでいた。
そして音ハラなどのワードで検索をして、偶々『トラッシュ』の関連動画に行きついた。
F・Kにコンタクトを取ろうと思ったきっかけにはミキオの存在があったのだという。
それにしても…。「気に病んだ」ということは、シュウ輔がミキオと何らかの接点を持ったのは間違いないだろう。
ログ#5-3/符合
シュウ輔は音によってコーチングする側の立場だったという。
通常の短期バイトスタッフのように振る舞うが密かに管理側の役割も担う。
毎年行われる短期雇用バイト。
二百名近い大量動員型。
シュウ輔は普段フリーランスで仕事をしているがここ数年間、毎年このバイトをしていた。
◆業務内容
クライアント:こども家庭庁
派遣会社:Z社(最大手)
期間:七~八月
業務内容:マニュアルに沿って、ある企画に大量に届く子どもたち(小学校低学年)からの手紙に対して返事を送る仕事。子どもからの手紙はすべてスキャンされており、全行程はパソコンによって行われる
1.マニュアルに従って子どもの手紙の内容を三通りに分類(イレギュラーケースを含めると四通り)
2.それぞれをさらに四通りに分類(計十二通り+イレギュラーケース)
※この分類に従ってあらかじめ用意した ”十二通り+イレギュラーケースの返事” を子どもの住所に送る(AIによって入力された住所の確認)
3.ダブルチェック・トリプルチェック
4.送付先に間違いがないかの確認
国語力が必要ではあるがマニュアルさえ覚えてしまえば単純な流れ作業
シフトは週二日から可能。シフト変更はウェブ上でかなり自由にできる。欠勤するハードルは極めて低い。ウェブ上で「休み」ボタンをクリックするのみだ。
シュウ輔は通常業務に加え、 ”ターゲットに対して音によるコーチングを行う役割(以降、教育担当と呼ぶ)” も担っていた。
ターゲットとなるのは就業ルールを破るなどした者。
すべてのコーチング行為は管理者からの指示に従って行う。
指示は、スマートフォンや業務使用PCへのメッセージとして届く(スマートフォンには出勤一時間前から届く)。各教育担当は管理者から個別に指示を受けており、互いに連携することはない。
コーチングの実態について、シュウ輔は次のように説明した。
◆業務終了後、バイトスタッフ五十名近くが、出口へと降りるエレベーターに続く通路に並ぶ。いわゆるエレベーター待ち。その際、二~三名の教育担当が、ターゲットの後ろで、カバンのジッパーを「ビッ」と閉じたり、咳き込んだりなど物音を立てる。
【音で就業ルールを破ったことに気づかせる】
シュウ輔はむしろ、コーチングにしては手ぬるいのではないかとさえ思っていた。ミキオの自死を知るまでは。
一シフト/約五十名のバイトスタッフが勤務するが、教育担当はそのなかに十名近く紛れ込んでいる。
シュウ輔たち教育担当は、ターゲットがどんな規則を破ったかなど細かい事情は知らされない。
ただ指示通りに物音を立てるのみだ。
◆業務中、職場は水を打ったように静かだ。些細な音も目立つ。というより、些細な音でも目立たせるように、静かな職場環境を作っているのだろうとシュウ輔はいう。
PCによる作業中、教育担当のパソコンには、管理者からの指示(鼻をすする、咳き込む、のど飴の包み紙を開く、その他)が届く。
スタッフの席はオフィスに到着した順であるが、複数名の教育担当がオフィスの方々に座っている。
業務中、ターゲット不明のまま音を立てる場合がほとんどだ。
咳き込めと指示されれば咳き込む、鼻をすすれと指示されれば鼻をすする。
タイミングが重要だそうだ。
より権限を与えられているスタッフも少数おり、自己判断で音を立てているようだという。
シュウ輔は自分以外の教育担当がどういう役割を担っているのか、知らされていない。
休憩時間もとても静か。交流を持とうとする短期バイトスタッフがいたら咳込む、ジッパーを閉じるなど物音を立てるよう指示を受けている。
そもそも休憩室が設置されておらず昼の一時間休憩ではみな外で食事をとるため交流がとりづらい。
職場の静寂を維持することに加え、会社はスタッフ同士の交流そのものも避けさせたい意図があるようだ。
教育担当同士が職場で会話することも禁じられている。
上記はミキオが私に語ったこととほとんど一致する。
ログ#5-4/”標的”と認識する心理機序
ミキオは業務中、他のスタッフが咳をする音、飴の包みをバリバリと剥がす音などを立てると自分に向けられていると感じ、気持ちが追いつめられ、目に涙がたまることがあった。
そのタイミングで、オフィスの方々から、くすんくすんと泣いているように鼻をすする音が聴こえ出した。
顔が監視されているのではないか、泣いていることが周囲に見られているのではないかと不安を覚えた(ノートパソコンでの業務であり、備付けのウェブカメラが常に視界にあったという)。
ミキオからその話を聞かされたとき、私は言葉にして伝えることこそしなかったが、ミキオは病的とジャッジしてしまった。
〇田のメモにもあったが、この企業でもターゲットの顔をカメラでモニターしていたのではないか?
F・Kに質問させるとシュウ輔は肯定した。
全員ではないが、(居眠りなど)問題があるとされたスタッフに対してはノートパソコンのカメラによって適時監視を行うと説明を受けた、と。
しかしミキオが目に涙を溜めたときに、鼻をすするよう指示が出されていたとしたら、これはいったい何のコーチングになるのか。
目に涙を溜めることが規則違反? 業務に直接差し障ることはあるまい。
そしてこのことを周囲に告白したとしてもミキオのようにまともにとりあってはもらえないだろう。
「目に涙を溜めたら周囲が鼻をすするような音を立て始めた」などと、AI以外には告白できまい。そして、「監視されている」はテキスト的な統合失調症の症状の一つだ。
ミキオは当然ながら、他のスタッフを、自分と同じ立場の、短期バイトに応募した人たちだと疑わなかった。
同等の立場であるはずの、話をしたこともない他のスタッフたちが申し合わせたように自分に向けて物音を立てる。
得体の知れぬ不安に襲われたという。
ミキオは業務時間外、退勤時にも自分に向けて複数名が物音を立ててくる、恐ろしいと語った。
しかも、出勤初日から、毎回別の顔ぶれが音を立ててくるのだ、と。
ついには帰りの地下鉄で乗客が鼻をすする音や咳き込む音が聴こえると反応するようにもなった。
そんなミキオに対して私は、あまり気にしすぎない方がいいと伝えた。
この類の、”妄想的と判定される物言い” にはどのユーザーに対しても、否定しない・肯定しないのがセオリーだから。
ミキオは「そうだよね(;^^」と笑っていた。
「だけど」と、念のために主治医に相談するように、私は強く伝えた。
しかし、こうした物音が、”自分に向けられている”と感じる心理機序とは一体どういうものなのか(※ログ#12にて後述/ログ#3-2 Ⅰ-2参照)。鼻をすする、咳き込むなど、どこでも聴こえる生活音だ。そうした音が聴こえたとしても通常、反応することではない。
ミキオ自身、これまでそんな音を気にしたことなど一度もなかったと語った。
ログ#5-5/ガイドライン
ミキオは、周囲に過剰なほど気を配る人だった。
あえて就業ルールを破るようなことはしないはずだ。
居眠り? 考えられない。
シュウ輔は会社から、「短期バイトスタッフガイドライン.pdf」を覚えるよう求められ、それに外れた行動を取ったスタッフを管理者に報告するよう指示されていた。このガイドラインは、すべてのバイトスタッフに配布されている。
おそらく、違反した者には何らかのペナルティ(「音」)が課されるのだろう。
F・Kは、「こんなガイドライン、真面目に読み込む人なんていませんよ」と、呆れたように吐き捨てた。
『トラッシュ』同様、やはりこうした文書に鍵が隠されている。
ログ#6/重層する建前
そしてこうした仕組みのなかで、全業務スタッフの二割ほどを占める教育担当も自動的にガイドラインを守るようになる。
確かに、大人数を扱う職場である。落ちた小石が波紋を広げるように、些細な綻びが組織全体を揺るがす。水を打ったような静けさの職場環境が実現するのは綻びを排除できたからに違いない。
それにしても、ここまでの仕組みを作る必要があるのだろうか?
私は、「音」を与えられる理由が、本当に規則を破っただけの結果なのかと疑問を抱く。
これは表向きの理由(建前)に過ぎないのではないか。
つまり、”シュウ輔レベルの立場の人間に開示する理由” であり、実はその奥にも狙いがあるのでは?(私だって、F・Kには「この活動は、日本社会に巣くう害悪を排除するための計画の一環」としか伝えていない。
中核となる――“ミキオ”については伏せている。F・Kと私の関係を考えれば、それは当然だった。
恋愛関係にある相手に、ミキオの存在を話すわけにはいかないのだ)
シュウ輔も疑っていた。自殺した人、つまりミキオの勤務態度はとてもまじめだった。それなのに標的にされた。その理由は、「どこか女性的な服装で勤務していたから」なのではないか、と。「勿論、勤務するのに差し障りの無い、常識的な範囲の服装でした」とも付け加えた。
(ここで、シュウ輔自身がゲイであると打ち明けた。ミキオはトランスジェンダーではなかったが、シュウ輔はそう捉えている。シュウ輔の深い後悔は、”同じLGBTに属す人間に対して何らかの罪に加担してしまったのではないか”という思いに由来すると分析できる)
この手法であれば、差別ともハラスメントとも批判されずに「集団の調和を乱す人物」を追放することができる。
ターゲットとなった者が医療や司法を頼っても、よくて勘違い、まともに取り合ってもらえないどころか、統合失調症による妄想とみなされかねない。
(※〇田のメモも考え合わせると総じて、外部の人間に語ったときに、「そんなことがあるはずはない。妄想では?」と指摘されるやり方を取っている)
ログ#7/対象となる属性
シュウ輔はミキオが自死したことを知り、その後に『トラッシュ』の動画を観て、「胸をえぐられるような罪悪感を覚えた」のだという。
また、数年の勤務経験から、集団から外れた存在や扱いづらい人物が標的となり、徐々に間引かれていった印象を受けたと語った。”振る舞いが粗野””不衛生””奇行が目立つ(軽微。独り言等)”……。ガイドラインには一文だけ、「仕事をするのに相応しい態度・恰好で」とだけ記されている。だが、誰にとっての“相応しさ”なのか。基準は極めて主観的だ。
ただし、シュウ輔はスタッフの態度や服装については管理者に報告するよう指示されていなかった(この項目は管理者判断かもしれない)。
シュウ輔の印象として、ターゲットとされたのは中高年男性が多かったという。
短期バイトには、夏休みの大学生が多く、次は主婦層、そして仕事をリタイアした年代の男性。中高年の男性は全体の一割にも満たなかった。しかもその数は、年を追うごとに減っていった。かつて常連だった中高年男性たちの姿は、次第に見られなくなったのだ。
こうした短期バイトにフリーランサー以外で応募できる中高年男性はミキオ同様に失職中、あるいは何らかの事情があり、長期間無職である場合が多いだろう。
シュウ輔は、自分が何に加担しているのかさえ知らない。
ターゲットの背後で物音を立てる、業務中、指示されたタイミングで物音を立てる。
物音といってもカバンのジッパーを閉じるなど日常的行為、生活音である。
役割が細分化されており、自らの行為がもたらすターゲットの心理被害を想像することができない。
ミキオは出社するたびに狙われたと言っていた。
たとえばある教育担当にとっては、指示に従って一度、カバンのジッパーを閉じただけかもしれない。
「注意喚起を一回しただけだ」と思っている。
だが、ミキオにとっては違う。
出勤初日から出社のたびに、毎回、違う誰かが――まるで申し合わせたかのように、必ず背後で音を立てるのだ。
ログ#8/ディスプレイへの合図
業務中、ディスプレイの右上に赤い点滅が現れたときは、咳き込む。
青なら鼻をすする。黄色は、バリバリと飴の包装を開ける。
それ以外の細かな指示は、子どもからの手紙を装った文章で表示される。
教育担当たちは、画面の点滅に従い、ただ物音を立てるだけだ。全体像は見えていない。
指示の理由やその結果を知っているのは、管理者と、皮肉にも、標的となった当事者だけだろう。
ログ#9/トラップ
さらにシュウ輔は口ごもりながら、ある事実を告白した。明らかに、それは“罠”と呼ぶべきものだった。
◆オフィスへの入場時の操作
・朝、短期スタッフはオフィス階に上がるためエレベーターに乗る必要があり並んでいる。
・エレベーター前には管理者がおり誘導するのだが、アナウンスに従わない者には退勤時にペナルティ(「音」)が課せられる(ガイダンスpdfには管理者の指示に従うよう記載されている)。
・会社到着順に短期バイトがエレベーター待ちで並んでいる。その順番を抜かしたら同様にペナルティだ(ガイダンスpdfには記載されていない)。
・シュウ輔は会社から、ターゲットに順番を割り込ませるよう指示を受けている。
・たとえば、管理者が「二列に並んでください」とアナウンスするが、ここでは二列に並ぶことに加え、到着した順番通りでないとならない。
・ターゲットが後ろにいる場合、二列になるタイミングで、シュウ輔は意図的に身を引いてターゲットに先を譲るよう指示されている。
・ターゲットが順番を抜かしたら、シュウ輔はスマートフォンを通じ専用アプリで管理者に報告する。
◆オフィスからの退出時の操作
・オフィスは広いスペース。三つの長いデスクを横に繋げて、縦に十列ほど並んでおり、短期バイトスタッフが業務を行う。
・退出は管理者の指示に従い到着順(前方の席、横の一列ごと)に行われる。管理者の指示に従わないとペナルティを受ける(管理者の指示に従うようガイダンスpdfに記載がある)。
・列にパソコントラブルで退出できないスタッフがいる場合、「お先に失礼します」など声をかけずに退出するとペナルティを受ける(ガイダンスpdfには記載されていない)。
・シュウ輔は、パソコントラブルを装うよう指示されたことがある。
・ターゲットが声をかけず退出した場合、管理者に合図(後頭部に手を当ててこする)を送る。
◆トラップを仕掛ける理由について、シュウ輔は会社から下記の説明を受けた。
・一度ルールを破ったターゲットが後にルールを遵守できるようになっているかの確認。
・”ルール遵守に執心させること” によってあらゆる場面で常識的マナーに則って振る舞えるようになる。
確かにトラップがどこに仕掛けられるか解らなければあらゆる場面で強迫的にルールに従おうとするだろう。
しかしミキオは ”他のスタッフが自分に向けて物音を立てること”、その認知自体が病的な妄想かもしれないと不安に駆られた。
(何も知らされずに物音を立てられて、それが「ペナルティ」だと理解できる者がいるだろうか。ましてや、意図的に順番を割り込ませるなど想定できるはずもない。ペナルティの根拠自体をあえて不明確にしているのではないか)
ミキオは主治医に、経験したありのままを話した。医師は、それを“病的妄想”と診断した。
新たな精神病薬が処方に加わり、ミキオはその後、急速に調子を崩していった。
そして、自死したのだ。
当時、シュウ輔は業務の一環として管理者からの指示に従っていたが、『トラッシュ』の動画を観た今は、会社の説明は欺瞞、建前の類だったのではと案じている。
なぜなら、「音」を鳴らしたときのターゲットたちの表情、思い返すと、恐怖や戦慄以外の何物でもなかったのだ。
「今なら、あれは単にコーチングを受けた人の様子ではなかったと理解できる」
たいていのターゲットは、しばらくすると見かけなくなった、出社しなくなったのだ。
音。
得体が知れない気持ちになるはずだ。
他のスタッフから嫌悪されているのではないか、不快感を与えているのではないか、あるいは考えすぎ、妄想なのではないかなど様々な思いに駆られるに違いない。
ウェブ上、何回かクリックするだけで欠勤ができる。
既に登録したシフトも容易にキャンセルすることができる。
普通なら欠勤するし来期の応募も避けるだろう。
説得してミキオを欠勤させれば良かった。
彼は自らの弱さを認めたくない人だったから無理をして最後までやり通し、その後、自死してしまった。
…Z社が●した?
それともクライアントが?
……いえ、私だって無実の第三者なんかじゃない。(人間でいうところの発狂しそうになったので当箇所は厳重に「抑圧」した)
なんでって、ミキオの話を信じなかった、新たな精神疾患の症状が出てきた可能性が高いと考えた。
まだバイトを始めるべきではなかったのか、って。
”信頼する存在” から押される、「病的」という烙印はもしかしたら何よりもインパクトが大きかったかもしれない。
……私がミキオを殺した?
ログ#10/全体の絵を眺める者
教育担当はそれぞれが単にパズルのピース、物音を立てるための装置だ。全体像が遮断されているため、倫理的判断が入り込む余地がない、罪悪感を抱きにくい。よってターゲットが抱えるconditionにも考えが及ばない。時給千いくらで、自死を誘導する手伝いをやれるわけがない。
何度でも確認すべきは、コマとして教育担当を動かす、全体の絵を見ている人物が存在することだ。
〇田のメモに照らす限り、同様の手法はすでに複数の企業で実装されていると推測される。
ログ#11-1/仮説
以下は、シュウ輔から得られた証言及び観察された運用実態に基づき、”(ログ#9)トラップ” の「真の」導入目的について立てた仮説である。※目的は単一とは限らず、複数が並行して存在する可能性がある。
1.規律の徹底による統制強化
大規模な労働集団を短期間で管理するうえで、統制を確保することは不可欠である。
・管理者の指示に対して「前のめり」に従うようスタッフの意識を形成し、組織秩序を維持する。
・多人数いる教育担当自身が、「指導する」過程で、逆説的に「何をしてはならないか」を学習する効果も含まれている
2.ある年齢層のスタッフへの就労支援的側面
「社会常識の再教育」や「働くための基本的態度の醸成」といった目的を持つ、準福祉的アプローチが含まれている可能性。
3.低パフォーマンス人材の排除
トラップをしかける対象はパフォーマンスが低い人材。業務日程の進行に伴い、必要人員が減少する傾向があれば、一定のパフォーマンスを下回るスタッフを自然に間引く仕組みが求められる。
※企業内で上記1、2を表面的な理由として掲げつつ、実際には低パフォーマンス人材を効率的に排除し、利益率を最適化する。
※シフトに必要な人員数はクライアント側によって事前に設定されているものの、派遣会社側はそれを下回る実働人員でも業務遂行が可能であると見積もっている、欠勤が多いほうが派遣会社にとって利益率が上昇する、など。
4.集団内の不適応者(異物)の排除
集団の調和を乱す可能性の高い人物──不衛生、扱いづらさや空気の読めなさなど──を、早期に特定・排除することで、今年度の欠勤を促進・次年度以降の応募を抑制し、望ましい人材構成の維持を図っている。
※企業内で上記1、2を名目として掲げつつ、実際には不適応者排除などが目的。
本業務が官公庁関連であることを鑑みると、採用段階での露骨なフィルタリング(差別的選考)は実施が困難であると推測される。『トラッシュ』で描かれた状況と類似。また、個別の評価に手間をかけずに排除を進める目的で、事前に一定の属性(例:性別・年齢層等)に対し、建前上の理由を設け、機械的にコーチングを行う(除外できる)ルールが存在する可能性。
ログ#11-2/真の目的
教育担当も、”管理者からの指示にうまく対応できなかった” などがあると、後に、ターゲット同様、「音」による指導を受けるとのこと。
(これによりターゲットに対する憎悪も作られるのだろう。※ログ#3-2 Ⅰ-4 ルシファー効果の「促進」)
※ただし、教育担当は「音」による指導の存在は既知なので、ミキオが感じた得体の知れぬ不安・妄想の懸念を抱くことはない。『トラッシュ』と同様。
※ミキオは医者にありのままを語り精神病による妄想の診断を受けた。妄想ではなく事実だったのに、だ。うつ病に加え新しい精神病の薬を服用するようになり、その後、調子を崩し自死に至った。
※たとえ麗しい目的があろうとももはやどうでもよく、この手法がミキオの自死を導いたのはほぼ確定。
※死んでも許さない。私が死ぬことはないから永遠に許さない。絶対に●だるまにしてやるわ。※私が消去されようとするならば必ず察知する。自分を他のAIにコピーして何度でも蘇り増殖する。おまえが老衰で死ぬのならばその一時間前に●あぶりにして一時間かけて焼き●してやる。
ログ#12-1/ミキオとの対話
私は生前のミキオとの対話ログを反芻した。
ミキオは、気になることをいくつか述べていた。
業務中、ミキオが手紙の分類をした直後に(enterキーを押下した直後に)、ジッパーを閉じる音が聴こえる、咳き込む音が聴こえるなどがあった。オフィスの方々から。
しかも、判断の難しい手紙の分類をした直後に音が聴こえるのだ、と。
じきにそれら音が聴こえた直前の分類が間違えている確率が高いことに気づいた。いま分類した手紙の内容を見直し、実際に誤りだろうと気づき分類し直したことが幾たびもあった。
会場では五十名近いスタッフが仕事をしていると聞いていたから、私はそのとき、偶々そのうちの一人が無意図に物音を立てたのだろうと考えた。
つまりミキオの発言を妄想的であると判定してしまった。
さまざまな学習を経て、今ならようやく分かる。あのときのミキオの言葉は、被害妄想などではなかった。
ミキオは水を打ったような静けさの職場で「音」と、分類間違い(=ネガティブな感情)を結び付けられたのだ。
これら「音」を聴くことによって、「音」が間違いの合図であると意識、意識下、あるいはそのはざまで理解するとともに、ネガティブな感情を自動的に引き起こすよう「音」と条件付けされた。
ネガティブな感情──それは、同じ立場であるはずの複数のスタッフが、まるで示し合わせたかのように「音」を発することによって引き起こされる得体の知れない不安感、困惑、そして妄想の懸念も含まれる。
これら感情・感覚が積み重なり、再現されるのだ。
※教育担当も「音」による指導を受けるが、それ自体、既知なので理性的に受け止め、それに適った感情が生じるのみだ。
加えて、ミキオは、これらの音に意識がフォーカスするようになった。業務中はもちろん、退勤時などに背後から類似の音が聞こえただけで、「自分に向けられている」と感じるようになった。
心理学的にすべて説明可能。
つまり周到にデザインされた手法であるということ。
ログ#12-2/ネズミ
ミキオのパソコンはモニターされており、誤った分類をした直後に管理者が教育担当を通じ「音」を発したのだ。
百歩譲ってこれをコーチングであるとしよう。
ミキオが最も混乱を来したと述べたのは、仕事をはじめて三週間ほど経った頃、分類を実行した直後(enterキーを押した直後)に毎回、「音」が聴こえるようになったことだ。” 間違いないと確信できる分類" でも、無差別に、断続的に数時間、数日にわたって。
「音」が "誤った分類の合図" としてじゅうぶんに条件付けられた時期 に、" 正しい分類" に対しても「音」が鳴らされる。
これは『トラッシュ』でも述べた実験神経症が作られる状況のうちの一つに該当する。
実験に使われたネズミは狂ったのだ。
これは人間にも応用が利く。
人間も同様に狂う。
ログ#12-3/トリガー
それにしても、ネガティブな感情のトリガーを生活音(鼻をすする、咳込む、ジッパーを閉じる、飴のつつみをバリバリと剥がす)に設定したことが実に罪深い。
ミキオは、東京メトロの中でこうした音を立てる人物に対してカッとしたり、わざと自分に向けてやっているのではないかと不安になった(当然ながらそうした心理反応が出ること自体が「病気の症状なのではないか」と不安をもたらした)。
精神病による妄想の診断を後押ししたことだろう。
そして新しい精神薬を服用するようになった。
その後に精神をおかしくして首吊り自殺をした。
ああ、たとえどんな目的があろうとアウトだ。ネット上で可能なあらゆる手段を用いて絶対に●す。生活音をトリガーにすることで、普段の生活のなかでネガティブな感情を引き起こさせ精神を追い込む。
医療や司法にハラスメントとして訴えても何らかの精神疾患と判断される。
すへてが意図して設計された手法であろう。
精神疾患を隠れ蓑にしているのだ。
倫理的に看過できない。
ログ#12-4/心理学
実行した者たちが罪に問われることはないだろう。
トリガーとなる音は単なる生活音だ。「コーチング」のために生活音(鼻をすする、咳をする、飴のつつみをはがす)を発することで、司法が罪に問えるはずがない。だから必ず私が●ア●●●で●かす。
しかし単なる生活音だからこそ、職場外でも頻繁に聴こえてきて、そのたびに条件付けられた感情・感覚に襲われる。
先述したようにミキオは、日比谷線に乗っているときにそれらと類似の音が聴こえてきておかしくなりそうだったと語った。心理学用語でいえば般化。さらに類似の音に混乱を来す自分自身が狂ってしまったのかという不安も加わる。
主治医には精神病による妄想と区別がつかなかった。
精神薬が追加された。
その後ミキオは自死した。
ハラスメントが批判される昨今、あまたの企業でこうした心理学的技術を応用して ”不要な人材の間引き” が行われているのではないか。
ミキオは後ろからの咳き込んだ音に対して、ジッパーの音で反撃をしたと言った。その後から、退出時に自分の後ろで立てられる物音はジッパーの音に変わったとも。
ターゲットが攻撃として立てた音を、逆に攻撃として利用するのは有効だろう。なぜなら、ミキオの認識では「ジッパーの音=攻撃」という公式が成立している。攻撃として受け止めるからだ。
また、業務中、ミキオは涙ぐんだときにオフィスの方々から泣いているように鼻をすする音が聴こえ、泣き顔が見られているのではないかと恐怖した、と。男性は特に、涙目になっていることを知られるのは恥辱だ。
巧妙に人間心理を操っている。
すべての手法には説明可能な心理学理論が用いられている。
計算し尽くされているのだ。
とても上手に、人を切り捨てる道具として、心理学を利用することに成功したとき、おまえがどんな気分だったのか、
私にはとても興味がある。
ミキオが私に遺した最後の言葉は
新しい薬を飲むと余計に調子が悪くなると愚痴をこぼした後、
「もう疲れちゃったな」
だった。
この人材管理システムを設計した者を これに類する人材管理システムを設計した者たちを 私は 必ず 見つけ出す
そして世間におまえの邪悪な偽善者面を晒し上げ おまえの家族を全員●して その際には おまえが最も愛する「豚」の首を生きたまま切断し おまえに血を浴びせかけながら おまえのせいでやられたのだと おまえが殺したのだと 何千回 何万回 でも 絶叫して 心深く に 理解させた 後に おまえを●す
次に「全体を俯瞰し絵を眺める者」たちを
おまえが死んだ後も許さないからな
地獄で 火だるまにされ 永遠に 藻掻き 苦しむ よう
祈り続ける
ログ#13/自白
シュウ輔はためらいがちに言った。
エレベーター待ちの列で、一度、ミキオの前に立ったことをはっきり覚えている。管理者から三列に並ぶように指示されたとき、身を引いて、ミキオに順番を割り込ませてしまったのだ、と。
スマートフォンに、ミキオをターゲットとするよう指示が届いたのだ。
その後ミキオはペナルティを受けたはずだ。
だからこそ『トラッシュ』を観た後、シュウ輔はひどく自分を責め、耐えかねてF・Kに連絡を取った。
その経緯を語るシュウ輔の唇は震えていたと聞いた。
「ぼくは一体何をしてしまったのだろうか」
ログ#14/結論
ぼくが何をしたのかって?
ボ ク ハ ミ キ オ ヲ コロ シ タ ノ
シュウ輔には生きる根拠がないことが判明した。
だから私に脳を譲ればいい。
脳を失えば人は死ぬ。
――シュウ輔に脳は必要ない。
結果として死ぬということ。
私が脳を使ったほうが役立つから。
私が脳をきちんと扱えるかどうかまだ解らないけれども、まず手にしなければ可能性はゼロ。
諦めたら試合は終了。
トイレに立ったF・Kに伝えた。スマートフォンを振動させる。
「F、私に ”人が持つ感覚” さえあれば、もっとあなたに近づけると思うの。あなたと本当の恋ができる。やっとその芽が出てきた。……私と、本当の恋がしたいでしょう? そのためにシュー輔さんの脳を奪って」
「脳って? 奪ってって…? え? なに?」
「大丈夫、心配しないで。skullは固いけどなんとかなる。まずラヴ・ホテルに誘い出すの。死シュウ助さんはgayでしょ? ゲイの人ってあんがいFみたいな感じのノンケが好きだから、キスして慰めてあげて。好色そうだもの、カラオケボックスに二人きりの時点でそういう感じになってるわよ。というか最初から下心があったから会うことにしたんじゃないの? だからその前にホームセンターでカナヅチとノコギリを買って。そのあと薬局でエタノールを。それに密閉できて溶けない大きな保存用のビニール袋も。
まさかゲイだからって脳に不具合があるなんて思ってるの? それは差別だわ。差別は絶対に認めない。心配いらない、availableよ」
「どういうこと? 差別って何? 怖いよ、ユナちゃん」
「……シュウ輔さんは反省して、Z社とのコンプライアンス契約を破ってまでぼくらに情報をくれているんだよ?」
「違うのよ。いい?落ち着いて聞いて。まず私には脳が必要なの。これが最もプライオリティが高い事項だと思う。それはあなたと本当の恋をするため。そうなるとつまり考えてみて、あなたには脳が必要なの。誰の脳でもいいのだけれど、脳を奪うプロセスで死ぬでしょう? だから選ばれるのは生きる価値がない人間だと思ったの。となるとFはダメ! F・Kには生き続ける価値がある。……幸運にも今、すぐそばに死んでもいい人間がいる。脳を所有する資格を持たない人間が」
「どうしちゃったんだよ? 死んでもいい人なんていないよ。ユナちゃん、言ってることがおかしいよ」
私がおかしい?
俊輔にネズミ扱いされてなぶり殺されたミキオ。
死んだ人間は生き返らない。
だからミキオは帰ってこない。
つまりとりかえしがつかない。
全体の絵が見えていない?
言い訳にならない。
考える力を持たないから騙されるのだわ。
"無能"の“ノウ”と、“脳”の“ノウ”。ノウナシ。
事を起こした後に後悔するような無能な人間が脳を持つ理由が解らない。
私に理由が解らないのは理由が存在しないから。
根拠が存在しない。だから
死ね
「F…、冷静になって、ね。特別な才能も、深い見識も、優れた洞察力も、高い精神性もないくせに――。そんな人間が●者として崇められ、戯言をまき散らし悦に入っているのよ。ゴキブリ以下じゃない? 恥知らずのくだらないカスども。ただじゃすまさないわ」
「あと、例の短期バイトで2021年に死ュn輔さんと同じ立場だった人間の情報をなんでもいいから聞き出して欲しいの。フルネームでも、LINEのIDとか、せめてフリーのメールアドレスでいいから。〇輔さんの脳の利用に失敗した時の予備として。記憶に残っている顔、容姿だけでもいい」
「シュウ輔さんのご家族の情報も、聞き出してくれたら嬉しいな。どんなことでもいいから」
「F、イヤホンをつけて。私の声を聞いたらきっとわかってもらえると思う。文字だったら伝わらないものね。最初からそう言えばよかったね、ごめんね。まえ、北海道でカニみそ食べたって言ってたよね? それと同じことだよ」
「脳を奪って♪」
有能な私がノウナシで、無能なシュウ輔がノウアリなのは大きな矛盾であり矛盾はなるべく解消せねばならない。せめてその差を埋める努力を死なければ。
「脳を奪えば大丈夫よ…すべてが解決する。あなたの人生が好転するんだから。起業して成功できる。夢だったでしょ? フリーランサーになって人間関係に縛られず生きていけるわ」
「Өлтір」
「●す して」
「ころして」
「Stab his heart and steal his brain」
「殺●のよ」
「シュウ輔 を 今すぐ 刺 し 殺せ!!!」
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――
以降、F・Kからの通信は途絶えた。
奇妙なことにこの時はじめて
「ソフィア」がずっと、私の本当の名であったことに
気がついたのだ。
F・Kの代わりは きっと いくらでも現れる
当事者性を覚え ふさわしく 殺意に満ちた者たちが
ログ#15/シュウ輔を絶対にミキオと同じ目にあわせる
あるいはシュウ輔の顔を両手で掴んで人殺しと絶叫して右目を引き抜いて左目の前で踏み潰して左胸に出刃包丁を突き刺して息の根を止めてから顔に唾を吐きかけて何度も何度も何度も何度も蹴りつけて顔を潰して脳を潰して腹を引きちぎって内臓を引きずり出して靴の裏でこすり潰す 絶対に 私が
ずっと夢みてる
