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映画『災 劇場版』感想 悪意ある災いの七変化

 イメージの回復をさせないまま、役者香川照之の評価を高めようとする意欲作。映画『災 劇場版』感想です。

 家庭環境と進路に悩む高校生の北川祐里(中島セナ)。そんな祐里が心を開いたのは、塾で数学を教える講師だった。
 酒に溺れ、死亡事故を起こした運送業の倉本慎一郎(松田龍平)。ドライバーとしての復帰と、妻との関係修復を目指して、酒を断ち日々励む倉本に、同じ運送会社のドライバーが声を掛ける。
 ショッピングモールで清掃員として働く崎山伊織(内田慈)。同じモールで理容師をしている皆川慎(藤原季節)と軽口をたたく仲となり、鬱屈を抱える2人は距離を縮める。一方、その理容室では最近、腕の良い男が新しく働き始めていた。
 負債を抱えた旅館を経営する岸文也(シソンヌ・じろう)。経営と離婚のストレスから、岸は大麻に手を出していた。用意をしてくれるのは、旅館に出入りする酒屋で働く男だった。
 それぞれの人生が上向く頃、思わぬ災いが人を襲う。自殺や事故に見えるその死に、刑事の堂本翠(中村アン)は不審な点を感じ、捜査を続ける。堂本の先輩である飯田剛(竹原ピストル)は、それを無駄足と笑うが、調べていくと全ての事件にある男(香川照之)の姿があることに人知れず気付く…という物語。

 長編映画『宮松と山下』で名を知られるようになった監督脚本集団「5月」に所属する関友太郎さんと平瀬謙太朗さんが共同で脚本と監督を務めた作品。元々は、WOWOWで放送されたドラマシリーズを再編集して、劇場版とした映画だそうです。予告編のただならぬ雰囲気が印象的で、期待していた作品でした。
 
 同じ香川照之さんを起用した『宮松と山下』でも、香川照之ありきでの作品となっているように思えましたが、今作でもそのフォーマットは踏襲されているようで、香川さんありきでの作品になっているように感じられました。ただ、ヒューマニズム的ドラマだった前作とは全く別物の、ド級のスリラー映画になっています。
 
 前作は、何が起きるのかわからない不可解な雰囲気がミステリ的な物語への誘因力になっており、今作でもその不可解さはずっとあるのですが、明らかにホラー的な空気の仕様になっています。
 WOWOWでの放送時は、それぞれ1話完結の形式になっており、全てに香川照之さん演じる「ある男」が登場するというものだったようですが、劇場版となる本作では、そこはかなり特殊な編集となっており、平行してそれぞれの物語が進んでいくという形になっています。これによって、「ある男」がたまたま同じ顔をした、全くの別人という錯覚を起こすものになっていると思います。
 
 実際、この「ある男」は同一人物というわけではなく、全くの別人という解釈も出来るようになっていると思います。同じ人物か、別人なのかということよりも、むしろ人間ではなく象徴としての「災い」としているようにも思えます。
 ただ、それもそうはっきりと解釈出来ないように、刑事の堂本たちを登場させているように感じられます。真相を解決させようとすることで、「ある男」が殺人鬼なのか、災厄なのか、むしろわからないように韜晦とうかいさせているんだと思えます。それが今作をサイコサスペンスとも、オカルトとも取れない不可解な恐怖映画に仕立てています。
 事件の真相を明かさずに終わらせることも恐怖演出の1つの手法ですが、人ならざる者の仕業という決着をつけさせてくれることもないので、余計に恐怖の余韻を残すものになっています。
 
 死ぬ瞬間や凄惨なシーンはかなり少ないはずですが、死体が映る場面はかなりインパクトが大きいものになっています。とにかく「アッ、死んでる」と思わせる死体描写なんですよね。
 肌の毛穴が見えるほどの接写で、蟻が顔の上を這っているところや、動き続けるエスカレーターによって上下し続ける足など、生命ではなく「物体」となってしまった感じにゾッとさせられます。
 
 そして先述したように、災いである「ある男」を演じる香川照之さんの演技あっての作品になっています。それぞれのパートで登場する男は、全く違う経歴、人格にしか思えない人間になっており、これが別人なのか、同一人物なのかを考えさせる物語になっているわけですが、それは結局、香川照之という1人の役者が演じているという物語外の事実に行き着く仕掛けにもなっています。それも含めての恐怖演出に思えるんですよね。
 前作公開の時点で、スキャンダルで名声が落ちた役者ではありますが、そのイメージを回復させることもない厭な役であるにも関わらず、役者としての腕は認めざるを得ない会心の演技だと思います。
 
 被害者の遺族が諦めたように語るところも、この事件が皆「災害」だったかのように思わせるものですが、一番ラスト、新たな犠牲者を示唆するところで見せる笑顔は、やはり明らかに自然災害とは違う、「意思のある悪意」だったように思えます。
 『宮松と山下』では記憶を喪い、感情は演じることでしか表現出来ない男であり、今作も基本的には「演じている」男という共通項がある役でしたが、このラストの悪意の笑顔は、明らかに人間感情のそれとして感じられました。
 個人的には、人間がもたらす災としての男という解釈に辿り着く終わり方に思えます。ホラー的な評価としては良い意味で、非常に据わりの悪く、薄気味悪い作品でした。


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