秋風 原稿用紙二枚分の文芸賞
彼が淹れたコーヒーを持ってベランダに出た。朝の空気はどんよりとした湿り気を帯びていた。
アルヴァ・アアルトの椅子が外に出ている。出しっぱなしはダメってあれほど言っているのに。眉間に皺を寄せてPCに向かう彼の顔が浮かぶ。著作のこと以外、何も頓着しないのはどうなのだろう。仕事はできても生活力のない人。それが私の中の彼のレッテルになってしまった。
テーブルの上には三本の吸い殻とプレジデントが置いてある。
昨日、彼が仕事が早く終わったから食事に行こうと言ってきた。午後五時を少し回ったところだった。
色気のない定食屋でスーツとネクタイに揉まれるように慌ただしく夕食を摂った。
それから馴染みのダグという喫茶店へ。サックスの軽快なジャズが流れていた。ボリュームは絶妙で会話を邪魔しない。聞き取り難いくらいの方がよかったかもしれない。
「さっきの店、どうだった?」
甘いコーヒーのような彼の声。
「味はともかくとして、私を連れていくところなの?」
「君一人じゃ足を踏み入れない類いの店だろ? 気に入らなかったみたいだな」
「あなたじゃない人に連れていってほしかった」
「誰だよ、そいつ」
「上司とか」
「在宅じゃそんな機会もないだろ?」
「そうじゃないの。せっかくのお出かけだったんだから」
子どもっぽい顔にいいバランスの無精髭が少し歪んだ。
駅構内で彼は雑誌を買った。どんな記事に惹かれたのだろう。終始黙ったまま家に着いた。
彼はそれから雑誌をベランダに持ち出したんだ。ペラペラと捲ってみる。どの記事が読みたかったのかしら? またぞろその疑問が甦る。
この頃、彼のことがわからなくなった。何を思っているのか。
「昨日の雑誌、どこにあるか知らないか?」
ダイニングでPCを叩きながら彼が言う。ベランダから持ってきて彼の膝に置いた。
「あ、ありがとう。友人の記事が出てるんだ」
「私ってなんなんだろ?」
彼はこちらに顔を向けて、やさしく笑った。

花澤さま
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