アガスティアの葉の旅11〜牛祭りと最大の執着試験〜|旅行記
2日前のこと
ネパールで、「牛祭り」が行われた
牛祭りは現地では「Gai Jatra(ガイジャトラ)」と呼ばれ、”Gai=牛 Jatra=祭り”という意味を持つ。この時期の満月の翌日に行われる祭典だ

牛はヒンドゥ教において聖なる動物であり、死神ヤマのもとまで魂を送り届ける案内人だとされている。
17世紀、王妃が息子を亡くし悲しみに沈んでいた時、王はこの祭りを始め、人々が互いの喪失を語り、悲しみを共有する日とした。
それ以来、死者を偲びつつも笑いや風刺を交えて過ごす、独特なお祭りとなった。
その年に亡くなった人がいる家族は、牛を連れて町を練り歩く。
牛は高額のため、用意できない場合は子供に牛の仮装をさせる。

死者の名を呼び、祈りを捧げ、魂が牛に導かれ安全に死神ヤマのもとへと届くよう願うのだ。
死を終わりではなく転生(サンサーラ)の一部とするインド・ネパールの哲学。
この牛祭りは、悲しみを神聖な導き手によって祝福に変える“リフレーミング”の儀式のようにも思える。

さらに、この時期に姿を現すSwet Bhairav(スウェト・バイラヴ)の存在も重要だ。
バイラヴはシヴァ神の凶猛な姿であり、白いバイラヴ神は悪霊退散と魂の守護を司る。
普段は姿を隠し、年に一度だけ現れて、旅立つ魂の道を守り、残された者の心にも勇気を与える。
Gai Jatraは、旅立ちの駅で人々が笑顔で手を振る光景。
Swet Bhairavは、その先の道を守る護衛兵。
死者は笑いと祝福の中で送り出され、残された家族は守護と勇気を胸に日常へ戻っていく。

昨年12月、アガスティア村を訪れた時のことを思い出す。
ちょうど村では誰かが亡くなったようで、連日お寺では夜通しの儀式が続いていた。
日没後から夜明け前は、物質世界と霊的世界の境目が近くなる時間。
魂への呼びかけや供養が届きやすい「霊的通路」が開くと信じられている。
日本に生まれた私たちは、身近な死をなかなか受け入れられない。
私自身も幾度となく大切な人を見送り、そのたびに立ち直るまでに長い時間を要した。

一方で、ヒンドゥ教徒の多くは死を「断絶」ではなく「移行」と捉え、悲しみよりも祝福で送り出す。
もちろん悲しくないわけではない。
けれども、彼らにとって死は魂の旅路の一部であり、形を変えたつながりの始まりなのだ。
誰かの死と向き合うことは、最大の執着試験。
けれど、こうした哲学に触れることで、少しずつその執着から自由になり、別れをも人生の循環の一部として受け入れられるようになっていくのかもしれない。

