「でんでらりゅうば」 第33話
澄竜の子どもたちは育ちきれず死んだあと、庵の裏に埋葬された。そして、古くからの赤子たちの亡霊と一緒に、救いを求めて大森様の周りを彷徨っていた。暗闇にぼうっと浮かび漂う小さなその姿が毎夜、安莉には見えた。
公竜もまた、赤子たちと一緒に彷徨っていた。野狐のようなその姿は、公竜でありながら、代々星名家に生まれてきたという異形の者たちの原型のようなものにも見えた。異形の亡霊は、随分古いものであった。
村によって殺された先住者たちが、弔いを求めて周辺の山々の林間に跳梁するのが見えることもあった。
――澄竜の目に、彼らの姿は見えているのだろうか。それとも自分の生み出した罪を象徴するかのような哀れで奇怪な亡霊たちの姿も見えぬほど、この男はうつけ者だったのだろうか。
安莉は薫に言いつけて、外にある水道からホースを引っ張ってこさせた。そして蛇口を開かせると、手元のレバーの勢いを最大にして、格子の隙間から澄竜に向かって水を浴びせかけた。
「ほら! 久しぶりに水浴びができて嬉しかろうが!」
「ぎゃーっ! やめてくれえ! さびい! さびいよう!」
真冬の最中、山の湧水から引いている水は、骨身に沁みるほど冷たいだろう。たちまち澄竜の白い肌に、無数の鳥肌が立った。
「存分洗うて、身も心も清めえ!」
安莉は容赦なく澄竜に冷水を浴びせ続けた。そして澄竜の体も座敷もびしょ濡れにしてしまうと、満足したようにひとつ息をついて、薫に蛇口を閉めるよう言いつけた。
安莉は倒れて泣きながらガクガクと震えている澄竜の姿を目をすがめて見つめた。そして、口のなかで自分自身に呟くように、小さな声で喋った。
「……澄さん、あんたこん庵んなかにおって、兄さんの姿が見えんか。夜になったら、ここの周り、死んだ子どもたちと一緒にぐるぐる回りよっやろ。……澄さん、あんた見えよっとやろ。なあ。……兄さんを殺すやなんざ、そげん恐ろしかことしたばってん、そんな目に遭うとよ……。……そん人たちな、うちにも見えよるんで……。
そこでいつまででん、兄さんたちから怒られよったらよか。恨まれよったらよか。
……なあ、澄さん、あんたそげん目に遭うようなことしたげな。なあ、澄さん……」
安莉は板の廊下に佇み、呪詛のようなその言葉を、呆けたようにいつまでも繰り返していた。そしていつしか気が済むと、ハハハ! と声を立てて笑い、おもむろに左手の掌を開いてその上に右手を差し延べ、歌い始めた。
〽でんでらりゅうば でてくるばってん
でんでられんけん でーてこんけん
こんこられんけん こられられんけん
こーんこん
右手は左手の上で次々に形を変え、リズミカルに四つの形を繰り返していった。楽しげにひとしきり歌い続けたあと、安莉は踵を返して庵を去った。そして二度と戻らなかった。
――今年も、雪が降り始めた。そろそろ庵の暖房のしつらえを指示しなければ……。安莉は考える。
毎年冬が来ると、庵の真ん中に切られた掘り炬燵に炭を入れ、部屋の四隅には火鉢を置く。人為的な過失で澄竜が死ぬようなことがないようにする。〝彼ら〟が連れていくまで、庵のなかで生かしておく。
許されぬ罪人は、庵のなかでゆっくりと朽ちてゆきつつある。このところ叫び声も独り言のような呟き声も聞こえないから、もうだいぶ弱っているのかもしれない。
大森の本屋敷に移ってからというもの、安莉は何度も同じ夢を見るようになった。
小さな穴倉の漆黒の闇のなかで、灰色の皮膚をした無数の赤子が、盲いた白い目玉をぐるぐる回しながら、安莉の体に取りたかってくるのである。その手の握る力は強く、下腹の肉をつかまれるとめっぽう痛い。幾百もの小さな手から暗闇に引きずり込まれそうになりながら、安莉は痛みと恐怖で断末魔のような叫び声を上げている。振り向けば、無数の赤ん坊が帯のように連なって穴倉の奥に続いているのが見える。その闇の向こうには、何か得体の知れないものの気配がする。それが何かはわからないが、確実に存在していることだけはわかる。想像もつかないほど強力で邪悪な〝何か〟が、息をひそめて安莉を待ち受けている。それが、村人たちの言うでんでら竜なのだろうか。
このまま穴倉の奥に引き込まれたら、どうなるのかと思うと恐ろしくてたまらない。しかしそのあいだも、奇態な姿をした灰色の赤子たちは、その容赦ない手で、絶え間なく安莉を引っ張り続ける。
安莉も澄竜も、高麗先生も村人も、その〝何か〟に囚えられてしまったのだ。
雪はいよいよ厚く降り積もり、村は深く冬に閉ざされてゆく。
