【三題噺】 『藤化身の倒しかた』
「ここだけの話だよ」
春先の公園。季節に不似合いなタンクトップ姿の僕っ娘は、藤棚の下に音も立てずにそこにいて囁いた。
「あなたをいじめていた三人の不良たちは、僕が栄養にしてしまった」
「栄養?」
月明かりは藤の天蓋に隠れている。うっすらと視界が捉えるのは彼女の目と白い歯くらいであった。そのぶん声が存在感を増す。聞いていると、十代に思えてくる。彼女は私の質問には答えず、「だから君はもう安心していいよ」という言葉が闇に響いた。
日中私は、小さな噴水前のベンチに座り、ノートパソコンを開いて資料を整理していた。
大きな声で騒いでいるな、と思っていた三人の高校生たちが、この公園の名物の藤棚の下で、持っていた空き缶を高く放り投げて遊びはじめた。勢いよく投げられた缶が、藤の花びらを散らす。わかっていてやっているのが明らかだ。
ふと私には閃くことがあり、思わず笑みがこぼれそうになってこらえた。まじめな顔を作り直す。私はノート型パソコンをわきに抱え、高校生たちのほうにまっすぐ近寄った。
「やめなさいよ」
彼らはすぐに反応した。運動神経はそこそこのようだ。とりわけ背の低い男子がすっと私の後ろに忍び寄り、PCに突き刺してあったメモリスティックを器用に抜いたのには感心した。
「オバサン、これないと困るでしょ」
多少なりとも困ったふりをするべきだろう。
「ええ、とても困る。で、君たちがほしいのは、金、かな」
「ものわかりがいいねえ。一万円でいいよ」
「手持ちがないの。夜またここに来るから、そのとき返してくれないかな」
じゃあひとりで来いよ、じゃねえと破壊すっからな、と後ろにいた野太い声の少年が言った。振り返りながら「わかったよ」と返事をした。
約束通り、高校生たちは藤の下に集まっていた。侵入禁止であるのに自転車でここまできていた。
「一人だな」また念を押される。
私はそれには答えず、彼らの目の前までつかつかと歩くと、その勢いのまま一人ずつ確実に顎と腹に鉄拳をくらわした。それからもう一周、くの字に折れて身を低くした連中の顔に、テコンドー仕込みの蹴りをくらわせた。できるだけ流血させるのが狙いであった。
それで済ませようとしたが、「オバサン」と言った坊やだけはもう一回ばかり踏みつけておいた。そのあとその場を離れる。するとすぐ背中で、少女の声がしたのである。
「あらキミ、なんども見かけているね。いつもちょうどこのへんに現れるでしょ」
「そうかな」
「寒くないの。露出が多い服ねえ。足もサンダルじゃない。まだ春よ?」
「うーん、僕は日焼けするのが好きなんだ。そのほうが健康的じゃないか」
へえ、まあそうか、と私は肯定しておいた。
「じゃあさ、キミ。今度すぐそこのビーチにでも行こうか。なんかよくわからないけれど私を助けてくれたみたいだし、おごってあげる」
「いいねえ、僕は日の下が好きなんだ」
その夜はそこで別れた。
「で、彼女が伝説の化身、吸血藤であったと?」
民俗学者は、今日も私に質問のシャワーを浴びせていた。
私は妖怪ハンターだ。人間に害をなす物の怪を、倒したり、封印したり、あるいはそこまで手荒にはせずに大人しくしていただくのを生業としている。いや、いた。若い頃の話だ。引退は宣言していないが、最近そっちの仕事はご無沙汰だ。
「そ。だから、騙したみたいにはなっちゃったけれど、弱っていただいたの」
「弱っていただいたって、またご自慢の格闘技で藤の化身を倒したと」
「いやいや。普段は美しい藤の花でございますし、藤棚は公園のシンボルでもあるからね。ぶん殴るのはやめといたわ」
「じゃあどうしたんです」
教授は身を乗り出してきた。顔が近い。夢中になるといつもこれだ。
「藤は太陽が大好きでしょ」
「はあ? それが」
「それを遮ってあげたのよ。海に連れて行って、これを塗ってあげたら、しょぼんとしちゃった」
私は教授に、愛用している『ぜったい焼かない』が売りの日焼け止めを見せた。
