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【三題噺】 『なんで今日なんだろうね』

■セリフ
「なんで今日なんだろうね」
■三題
・カイロ
・確定申告
・始発

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「なんで今日なんだろうね」

 年度末でみな忙しい時期だと言うのに、稲香町商工会の研修旅行は三月に予定が組まれた。
 強硬にその日を主張したのは、『日方屋』という金券ショップを経営する、菜野中だ。

「しかも始発だよ? 七時って早すぎだろうよ」
「でも、すごく混んでいるねえ」
「これ、今日開通した路線でしょ?」
「あ、そういうこと? 菜野中さんって、鉄っちゃんだったの?」
「そんな話は聞いたことがないけれどなあ。ただ、仕事で切符なんかも扱うだろうけれど・・」

 というところまで話して、みな「あっ」と気がついた。
 商工会の研修旅行ならば旅費が経費で落ちる。それを見込んで、同業者から高額に転売された旅券を、菜野中は手にいれたようなのだ。
 その証拠に、最後に現れた菜野中は「やあ、みなさん。おはようございます。海苫線開通いのいちばんの乗車ですよ。いいでしょう。あ、最後に改札を出るときは私に任せてくださいね。まちがっても自動改札に乗車券を通さないでくださいよ」と言った。
 印鑑を押してもらえば、使った券でももらうことができる。新規開通の海苫線に最初に乗った証拠となる切符は、おそらく、高額で売ることができるのであろう。
 みな、あきれながらため息をついた。



 だが、確定申告の際、税務署はこの件を問題視した。
 菜野中は、稲香町税務署に呼ばれた。
 いちど雪がすべて解けかけたのに、振り残しを取り返すかのように雪の降る、暗い日であった。

「いやあ、お寒い中及び立てして恐れ入ります。菜野中さん。ちょいと伺いたいことがございましてな」

 会議室に待ち受けていたかっぷくのよいベテラン税理士は、若い職員を従えていた。

「ほかでもない、この研修旅行の名目の旅費についてなんですが。正規の乗車券の料金をはるかに上回る値段で、隣町の金券ショップから購入されていますなあ。あの、ご兄弟が経営されておるお店から」
「いかにも。それは、この値段で、ここからでしか手に入らなかった券だからです。なにせ海苫線の開通日の始発だったんですからね。正規のチケットは買い占められておりました」
「他の日程でもよかったでしょうに。そのほうが安くて済んだはずだ」
「どんなチケットを買おうと、それは勝手でしょう。旅程は決まっておりましたし、もう訂正はできなかったので、泣く泣く高い券を購入したんですよ。旅費は旅費。ただ少しばかり高かったというだけです。これはれっきとした商工会の研修旅行ですから、経費で認められる範囲に入ります。これが公務員とかなら知りませんよ? だが経営者である私が、とやかく言われる筋合いのものではありませんな」
「うーむ・・・」

 年配の男のほうが黙り込むと、それまで静かにしていた若い男が「よろしいですか」と手をあげた。

「なにかね」
「お伺いしますが、その開通の日の高いチケットを買ったという証拠がありますでしょうか。御身内の店からの購入では、疑問が残ります。ですからチケットが本当に高かった日のものである、ということが示せれば良いわけで」

 無論、と菜野中は言った。

「こちらが切符です。こんなこともあろうかと取っておきました」

 税務署の二人は、覗き込んだ。たしかに、開通日の日付の、通し番号一番目からの切符数枚が、パッケージに丁重に入れられていた。

「確認いたします。はあはあ。これはたしかに。ではたまたま、その日のチケットが高かった、それを買っただけ、という理解でよろしいですね」
「ああ、そうだとも」菜野中はひげをさすった。「ものの値段は高くも安くもなるよ。たまたまその日は高かった。それでも買った。それだけだ」

 すると若者は上司のほうを向いた。「部長。ここはお引き取りいただいてよいのではないかと思います。大義名分は通っています」 
 
 彼の上司は、やむなしといった顔でうなずいた。若者は菜野中に向き直った。

「わざわざこんな寒い日にきていただいて、失礼いたしました。どうぞこちらをお持ちください」
「ああ、なにかいただけるのかな。ああ、封筒ね。まあいいや。もらっておきましょう。それでは」

 会議室の扉が閉まる音がしてしばらくたったのを確認してから、上司が言った。

「必要経費で高額チケットの購入か。まったく」
「でも、たまたま高かったと言っていたではありませんか。ですから、彼にとっては、あの券はただの紙切れ、ということで問題ないでしょう」
「いや、君はわかっておらんのか。あの男は自分の店であれを売るんだぞ。税金を浮かせてタダで仕入れたものを、しっかり自分で利用した上に、さらに値段までつけて売るんだ。ほんとスレスレの話だな」
 だが若者は微笑んでいた。
「君。なにか、おもしろいか。あ、そういえばなにか菜野中に土産を渡していたなあ。あれはなんだ」
「寒いので、ちょっと温まっていただこうと思いまして。今頃菜野中紙のカバンの中は、カイロがすっかり発熱していることと思います。感熱紙の切符が真っ黒になっているかもしれませんが、あれはたまたま乗った路線の切符ということですから、文句を言われる筋合いもございますまい」


#せりふ三題噺
#カイロ確定申告始発

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