【妊娠39週】分娩誘発から緊急帝王切開になった話 1

妊娠高血圧症になるかもということで、産予定日の3週間前から管理入院することになりました。


1. 管理入院してからの血圧の変化

入院したら、血圧は下がった。
週に2, 3回血圧高い日がある(拡張時血圧90超え)という感じ。

家にいた時と何が違うかというと徹底的に動かなくなった。
基本的には1日中寝ていれば三度の食事は運ばれてくるし、必要なものも基本的にはその病棟のフロアの中で整うことになっている。

自由に動くことができないので、かなり精神的な負担が大きかったけれども、そうした精神的負荷は血圧には関係ないことがよくわかった。

逆に家にいた時にはむしろ動いた方がいいと思っていたし、好きなダンスも踊り続けていたし、三度の食事作りや、他の家事もしっかりやっていたから、身体的な負担はずっとあった状態だったと思う。

入院で血圧が収まったものの、週数が進むと一般的に血圧は上がりやすく、また分娩時にも陣痛で高くなる事を考えると、予定日を待たずに出産が望ましかった様子。

2. 自然な分娩を待ちたいが、早く病院を出たい、矛盾した思い

当初は1週間の入院の後、翌週には誘発分娩を行うという予定だったが、病院側の繁忙状況もあるし、私の血圧状況も落ち着いていたことがあって、誘発日は一旦見送られた。

いいことなのだけど、入院期間が延びて、またいつになれば退院できるのか、その時点では予定未定となったので、私はすっかりうなだれてしまった・・・。出たい、ここから出たい >< 外を歩きたい ! 好きなものが食べたい!!

こちらから陣痛を仕掛ける、という作戦にも少し納得いかない気持ちもあった。血圧が問題ないならもう自然に陣痛が来るのを待ってもいんじゃないの・・・。先生にそう相談したい気持ちもあった。。だけど、仮にそうすると、更に分娩日程が後ろ倒しになるかもしれな・・・。それまで私は病院を出られないことになる・・・。+1週間、+2週間分娩が延長したら、私は耐えられるだろうか・・・・?いや早く出たい >< 

そんな気持ちの葛藤があって、結局私から自然分娩を待ちたい、と申し出ることはなかった。

それで密かに、誘発分娩がされる前に、本物の陣痛が来てしまえばいいのになと思っていた。けれど、結果的には前駆陣痛があるにとどまり、本格的な陣痛は来なかった。

そして38週6日目の夕方についに分娩の誘発を行うことになった。

3.分娩誘発ってそもそもなに?いつ産まれるの?

誘発分娩についてはあまり知識がなかったが、今となって思うのは、分娩誘発というのは、あくまで誘発を狙うということであって、実際に分娩をさせるということではなかった。あくまで刺激を与えてみて、上手くいけば陣痛が始まるよね、というもの。

なので、いつ処置を実施するのか、その後いつ頃どういうことが起こるのかっていうところを当初、私は一生懸命医者や助産師さんに確認していたけれども、一向に明確にならなかった。でも徐々に、あ、そういうものなんだなということが分かってきた。

私の隣のベッドにいたバングラデシュ人の妊婦さんと会話していた時、その人が最初の子供を産んだ時に、正にこの病院で分娩誘発をしたと言っていた。その時は誘発を行ってからすぐに陣痛が来て、5時間後くらいに分娩室に移動。そこから30分ぐらいで出産したと言っていた。

そんな超特急なお産だったら楽でいいななんて思っていました。

(この話を後に助産師さんにしたら、「たま~にそういう、異常なスピードでお産が進む様な事例も、ありますね・・・💦」とコメントされた)

4. 痛くて寂しくて心細い誘発と陣痛室。

高血圧というのは血圧計で血圧を測った時に数字が高い、ということは除けば自覚症状何もない。あとは血液検査で自分の内臓の中で炎症が起きてないかを確認して、状況を把握する程度しかない。

産婦人科で入院している他の患者さんみたいに手術後で歩けないとか、点滴を打ってるとか、何かが痛いとかそういった状態は何もなかったので、基本的にはすることが制限された環境の中で静かに過ごすことを要請されているという状況だった。

控えめに行って大変退屈ではあったが、退屈したら負けたと思ってたので、パソコン作業したり本読んだり色々思ってることをまとめたり、何かしらうまく時間を活用したと思う。

そんな余裕な私は、分娩の誘発をするよという時間が迫ってきたタイミングで部屋を移動することになった。

通常の入院患者がいる6人部屋から同じく6人部屋の鎮痛室に移動した。

その時は私以外、部屋は誰もいなかった。声も響くし風をら感じて何だか寒い。

ガランとした部屋の中でぽつんと一人。

これから先行き不透明な誘発処置が始まる。。とっても心細かった。

今思えばこの時お産という山の入り口に来て、山の麓から頂上行きの地図を眺めているような感じだった。

5.遂に、分娩が始まる。

診察室に呼ばれた。
38週目最後の日の夕方のことだ。

診察によると子宮口の入り口は1cm ほどだった。

ここからタンポンのようなものを詰めていく方法で拡張していくとのことだった。

そこからもりもり10本程のタンポンが入った。

その処置はそれなりにお腹に痛みを感じるものだったし、処置の直後からわずかにだけれども陣痛っぽい子宮の収縮を感じていた。

不思議な体の感覚を覚えながら、相変わらず空っぽの陣痛室に戻り、窓際の一番広いベッドに戻った。

たった1人、心細い、寂しい、不安なひと時 を過ごした。

その時、
「こんばんは〜!いよいよてすね~!」と、
とっても元気な声で夜の担当の助産師さんが私のベッドのところにやってきた。

元々とてもエネルギーッシュな方だったけど、この時は一層、エネルギーを感じた。

空っぽの部屋と、今まで感じたことのない、異様な体の感触にずっと不安を覚えていただけに、圧倒的な温かみを感じ、思わず泣きそうになった。

あの安心感、忘れない。

この人が今日担当で良かった!!今日の夜はこの人じゃないと乗り切れないよ。。そう思った。

人のエネルギーは正義。

すべてを照らす。

その助産師さんは、ここからのことを説明してくれた。

お産は富士山の登山のようなものだと。

今感じてる陣痛がどんどん大きくなっていくかも知れない。
ただ、富士山登山には時間がかかる。1合目に合目3合目をこれから登り出す感じだから、始まったとしてもそんなに焦らずにできるだけ体力を使わないように夜を過ごしていくのが大事。あまり最初で頑張ると体力が持たない。

一方で、富士山の麓で登り出す前に1泊をするなら、それは素晴らしい体力温度になる。つまり、今の陣痛がそのまま本格陣痛になっていかず、今日夜しっかり寝られたら、次の山登りにしっかり備えられると思うと。

そして、私の場合は妊婦糖尿で血糖値管理が伴うため、エネルギー補給が3度の食事に限られると。

(一般に、陣痛中は食事も食べれないくらい痛いし長丁場ということもあって、エナジードリンクやゼリー、おにぎり、お菓子等、カロリー高めな間食をもっていけと、陣痛バックの作成方法の動画などには出てきていた)

登山に当たって体力管理がとても大事なので、出された食事はしっかり食べるようにしてほしい。ただ、陣痛が始まると食べれるか、、そこが私のお産の大変なところだと。

え!つらいな。。ウィダーゼリーとか、エネルギードリンクとか、流石に分娩の時には取っていいと思っていたけど、ここにきてまで食事制限とインスリン注射があるんだ、、。。凄いむりゲーじゃない、、?

でもご飯でなんとかなるならやってみようか。。、というか、進むしかない。。

結局、その夜は陣痛は収まっていき、食事も取ることができ、旦那との面会で元気を貰い、夜はぐっすり眠ることができた。


つづく



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