「アウトってなに?」――キャッチボールから始まる、
野球を始めて、ちょうど一ヶ月。
小学四年生の次男が、ようやく近距離でキャッチボールができるようになってきました。
同級生たちは、すでに1〜2年の経験者。どうしても比べてしまうと「まだまだだなぁ」と感じてしまいます。でも、ゆっくりでいい、少しずつできるようになっていく姿を見ていると、「よし、応援しよう」と自然に心が動きます。
私は、かつて高校まで野球を続けていた“経験者”です。だからこそ、ついつい口を出したくなってしまう。「グローブはこう」「肘はもっと上げて」と。でも、いま大切なのは“うまくなること”ではなく、“楽しさ”を知ること。
なので、口を噤み、基本のキャッチボールと素振りだけを「毎日少しでもやってみたら?」とだけ伝えました。
そんなある日のこと。
次男がふと、真顔で聞いてきました。
「お父さん、“アウト”ってなに?」
私は一瞬言葉を失いました。
野球を始めたのに、アウトを知らないとは——いや、よく考えたら当然のことでした。私の中では当たり前すぎて、説明することすら思いつかなかったけれど、彼にとっては「初めて知る世界」。野球という“言語”の文法さえ、まだ彼は持っていなかったのです。

老子はこう説いています。
「大成若欠(たいせいはけつのごとし)」
――完全なものほど、かえってどこか欠けているように見える。
完璧に見えるものには、どこか“余白”がある。それは、成長の余地であり、気づきの入口でもあります。
次男の「アウトってなに?」という問いは、まさにその“余白”を見せてくれた瞬間でした。
私は、三振とは何か、3アウトチェンジの意味、走塁の基本など、できるだけやさしい言葉で説明してみました。すると、彼は目を輝かせながら、じっと聞いていました。
“知る”ことが楽しい。“できる”ことがうれしい。
その感覚が芽生えたのなら、それだけで大きな一歩です。
老子はまた、こうも言っています。
「道は、近きにありて遠きを知る」
――身近なことを深く知ることで、遠い世界にもつながっていく。
キャッチボールひとつにも、人生を学ぶ種がある。
アウトの意味を知った次男が、これからどんなふうに野球と向き合っていくのか。それはまだ、誰にもわかりません。
けれど、私にできるのはひとつだけ。
今日もグローブを持ち、「お父さん、キャッチボールしよ」と言ってきたときには、静かに受け止め、笑ってボールを返すこと。
それが、父としての“道”なのだと思います。
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