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歳をとって涙もろくなった私なりの結論

我が家では毎週、家族4人で大河ドラマ「豊臣兄弟」を一緒に見ている。今週も、私だけが感動して泣いていた。ソファーの端で泣いたので、誰にも気づかれていない・・・はず。

昔は、感情移入するのはだいたい主人公にだけだった。

最近は違う。ストーリーの中の息子や娘の役に我が子を重ねたり、母親役には自分を重ねたり。夫が死ぬ場面にも、入り込むようになった。重ねる場面がどんどん増えてきて、いろんなところで感情が揺さぶられる。とても忙しい。

ドラマだけじゃない。子どもの相談に乗ったり、子どもが辛い思いをしたとわかった時にも涙が出る。最初は隠していたけど、面と向かって話している時に込み上げてくると、もうこういう所も見せて良いか、とこらえるのを諦めてしまう。

中学受験の時、勉強しているはずの娘が部屋で遊んでいるのを見て、怒られると覚悟したのに、私が泣いているのを見て、娘はとまどったらしい。

自己分析してみる。
なぜ私は年々涙もろくなっているのか。
それは、家族を年々大切に思えてきているからじゃないだろうか。例えば子どもに対して。幼かった、ただ守るべき存在だった子どもが、12歳と15歳に成長して、今では私を守ってくれることもある。こうして、守ったり守られたりする中で関係が双方向になり、人間関係の厚みを増しているのでは、と思う。70歳を超えた親に対しても、共に歳を重ねている夫に対してもそうだろう。
大切な人たちとの関係が、少しずつ形を変えている。

そうだとすれば、年々涙腺が緩んでいくという現象はとても素敵なことだ。

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