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「増税」だけ語られ、「緊縮」が語られない違和感について

「増税」だけ語られ、「緊縮」が語られない違和感について

日本の経済政策、とりわけ2010年代以降の政権運営をめぐる議論を見ていて、ずっと違和感がある。
それは「増税」は盛んに批判されるのに、「緊縮財政だった」という点がほとんど語られないことだ。

確かに消費税増税は国民生活に直接的な悪影響を与えた。
実質賃金は下がり、個人消費は冷え込み、景気回復の芽を自ら摘んだ政策だったと言っていい。
この点を批判すること自体は、何も間違っていない。

だが問題は、増税が単独で存在していたかのように語られていることだ。

実際には、日本の財政運営は長年にわたって「緊縮」を基調としてきた。
それは単なる印象論ではない。

当初予算ベースで見れば、政府支出はほぼ横ばい。
社会保障費の自然増を抑制し、公共投資は削減され、
「財政健全化」「プライマリーバランス黒字化」という目標は一貫して維持された。

つまり、金融政策では異次元緩和を行いながら、
財政政策ではブレーキを踏み続けていた。

これは積極財政とは呼べない

にもかかわらず、
「増税さえなければうまくいっていた」
「財政は拡大していたが、途中で裏切られた」
という語られ方が広く流通している。

だが冷静に数字を追えば、
拡大していたのは金融政策であり、
財政政策は最初から最後まで極めて慎重、いや抑制的だった。

ここを認めない限り、日本経済の停滞は説明できない。

なぜなら、
民間部門がデフレマインドから抜けきれず、
企業が内部留保を積み上げ、
家計が将来不安から消費を控えている局面では、
政府支出の役割は決定的だからだ。

政府が支出を抑えれば、
その分だけ国民所得は増えない。

これは思想の問題ではなく、
国民経済計算上の事実である。

それにもかかわらず、
「国の借金が増える」
「将来世代へのツケ」
「財政規律が大事」
という言葉が優先され、
支出拡大そのものがタブー視されてきた。

結果として起きたのは、

・名目GDPの伸び悩み
・実質賃金の低下
・中間層の縮小
・地方経済の疲弊

である。

これを「増税の失敗」だけで片付けるのは、
あまりにも単純化しすぎだ。

増税は、緊縮財政の一部として行われた
歳出を抑え、同時に歳入を増やす。
これは典型的な緊縮パッケージである。

にもかかわらず、
増税だけを切り離して批判し、
「緊縮だった」という事実を直視しない議論が多すぎる。

理由は単純だ。

緊縮だったと認めてしまえば、
これまで正しいとされてきた
「財政健全化路線」そのものが問われてしまうからだ。

だから、
「本当は積極財政だったが、増税で失敗した」
という、都合のいい物語が温存される。

だがその物語を信じ続ける限り、
同じ失敗は必ず繰り返される。

重要なのは、
誰かを英雄視したり、
誰かを悪者にしたりすることではない。

政策の中身を、
冷静に、構造的に見ることだ。

増税だけを批判しても、
緊縮という土台を温存したままでは意味がない。

本当に問うべきなのは、
「なぜ財政支出を増やせなかったのか」
「なぜそれが当然だと思い込まされてきたのか」
という点である。

ここを避け続ける限り、
日本経済は前に進まない。


誰の事かはまた別の機会に明日早いので今日はもう寝ます。
おやすみなさい

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