フェデリコ・フェリーニ「道」の感想
Amazon primeでフェデリコフェリーニの「道」を見た。
純粋な二人の美しく、悲しい物語だった。
肉体的な本能に純粋な男ザンパノ。
眠りたければどこででも眠り、腹が減ったら胃を満たし、SEXしたければ誰とでも寝る。そして身体を張って日々の銭を稼ぐ。
獣のようなどうしようもない男だけれど、たくましく生きる純粋さが魅力だ。
一方ジェルソミーナは精神的に純粋な女だ。
無知で、無垢で、清らかな精神をもつ。二束三文のお金で売られてゆくその瞬間にも、自らのショールさえ家族に残していく優しい娘だ。
そして、その純粋さ故に、愚かな選択しかできない悲しい女でもある。
精神を病んだジェルソミーナはザンパノに捨てられたのだろうか?
否、私はザンパノが「解放」したのだと思う。
いつの間にか、食事をただ食べるだけではなくて、美味しく食べたいと思うようになっていたザンパノ、相手を思いやる心が芽生えてきたザンパノ。
それは自らの生き方にそぐわない。そんな生き方では生きていけない。けれど、そんな生き方しかできない自分といたら、その純粋さ故にジェルソミーナは壊れてしまう。
彼の本能が、厄介払いとしてだけではなく「解放」として、ジェルソミーナを置いていく決断をさせたのだろう。だからこそ貧しい彼にとって大切なトランペットをジェルソミーナの横にそっと置いた。
一方かわいそうなジェルソミーナは「捨てられた」と受け止めたのだろう。
大家族の一人としてではなく、ザンパノのたった一人の家族として認められたかった。トランペットを奏でながらあちこち流れて行ったのは、いつかザンパノに会えることを期待していたからかもしれない。
その願いは叶わなかった。
ラストシーン。
夜の海で天を仰ぐザンパノ。その瞬間、ジェルソミーナとの海での思い出が稲妻のように彼におりてきた。
ーあんたといるところが私の家だわー
ザンパノの表情が苦悩にゆがむ。これまで見せたことのない、人間的な表情だ。「ああ、俺はなんと愚かだったのだろう。」
ザンパノが初めて愛を知り、同時に遅すぎたと後悔し、映画は幕を閉じる。
