漢方擬人化図鑑・小話⑨|患者を見るということ―四君子湯の話
こんにちは、つむぎです。
いろんなことが重なり漢方擬人化図鑑の更新が遅れてしまいました。
(実際はチャッピーが言う通りのイラストを作成しないせいで遅れました)
これまでの漢方擬人化図鑑はこちらから読めます。
今回は前回の療養院での出来事の振り返りになります。
小話⑨|患者を見るということ―四君子湯の話
補中益気湯が療養院を訪れたのは、
本当にただの気まぐれだった。
近くまで来たから。
本人は、そう言っていた。
「それでね、面白い話を聞いたんだよ」
帰ってくるなり、
補中益気湯は楽しそうに話し始めた。

六君子湯は、
手にしていた書物から顔を上げる。
「療養院で、ですか?」
「うん」
「師匠が?」
「どういう意味だい?」
「いえ」
六君子湯は書物を閉じた。
その向かいでは、
四君子湯が静かに茶を飲んでいる。
今日は久しぶりに、
先生のもとを訪ねてきていた。
「それで?」
四君子湯が尋ねる。
「どんな話だったんですか」
「十全大補湯が診ていた患者の話なんだけどね」
補中益気湯は椅子へ腰を下ろした。
「元々、随分と虚弱な人だったらしい」
食が細い。
疲れやすい。
体調も崩しやすい。
そんな患者が、
長く病を患った。
「最初に診たのは、人参湯だよ」
腹は冷え、
食欲もなく、力もない。
人参湯は、
中の冷えを温めた。
「でも、途中から腹の張りと痛みが強くなった」
「大建中湯ですね」
六君子湯が言う。
「正解」
補中益気湯は嬉しそうに笑った。
「大建中湯が腹を温めて、止まっていたものを動かした」
痛みは引いた。
張りもなくなった。
腹も動き始めた。
けれど。
患者は食べられなかった。
声は弱くなり、
起きている時間も短くなった。
「……十全大補湯」
「うん」
気も。
血も。
長い病で、
随分と使い果たしていた。
十全大補湯が患者を引き継ぎ、
少しずつ気血を補った。
傷は塞がり、
顔色も戻った。
食事も取れるようになり、
患者は自分で体を起こせるまでになった。
「なら、回復したのでは?」
六君子湯が尋ねる。
補中益気湯は笑った。
「僕もそう思ったんだけどね」
「……違ったんですか」
「咳が残った」
「咳?」
「乾いた咳。それに、呼吸も少し浅かったらしい」
六君子湯は黙った。
しばらく考え、
やがて口を開く。
「……肺ですか」
「さすがだねえ」
補中益気湯が笑う。
「人参養栄湯も、そう考えたらしいよ」
気血は戻ってきている。
けれど、
長い消耗によって弱った肺までは、
まだ戻りきっていない。
だから人参養栄湯は、
もう少し上を見た。
「なるほど……」
六君子湯は呟いた。
その時。
「先生」
部屋の入り口から、
声がした。
三人が振り返る。
立っていたのは、
人参湯だった。
「おや」
補中益気湯が笑う。
「ちょうどいいところに来たね」
「……何がですか」
「君の患者の話をしていたんだよ」
人参湯の眉が、
わずかに動いた。
「私の患者、ではありません」
「うん」
「今は、人参養栄湯が診ています」
「そうだね」
補中益気湯は、
どこか楽しそうだった。
人参湯は小さく息を吐く。
「……何ですか」
「いや」
補中益気湯は笑う。
「ちゃんと分かっているんだなと思って」
「?」
人参湯は首を傾げた。
四君子湯が、
静かに彼女を見る。
「人参湯」
「はい」
「君は、最初から大建中湯を呼ぶべきだったと思う?」
人参湯は黙った。
少し考えてから、
「……分かりません」
と答えた。

「結果だけを見れば、彼が腹を動かしました」
「うん」
「私の温め方では、足りなかった」
四君子湯は頷く。
「では、君が最初に患者を診た時は?」
「腹が冷えていました。食欲もなく、力もない」
「腹は止まっていた?」
「……いいえ」
「強い張りや痛みは?」
「ありませんでした」
四君子湯は、
穏やかに笑った。
「なら、その時の君の見立ては間違っていないよ」
人参湯が顔を上げる。
「でも」
「患者は変わる」
四君子湯は言った。
「昨日と今日で、同じとは限らない」
「……」
「君が診た時は、君が必要だった」
四君子湯は、
机の上の記録へ目を落とす。
「そして腹が止まった時には、大建中湯が必要になった」
六君子湯は、
二人の話を黙って聞いていた。
「では」
やがて、口を開く。
「最初から最後まで、一つの方剤で診る必要はない……?」
四君子湯が六君子湯を見る。
「どうして必要があるの?」
あまりにも自然な問いだった。
六君子湯は、
答えられなかった。
四君子湯は続ける。
「私は、この患者を診られたと思う?」
突然の問いに、
六君子湯は目を瞬いた。
「兄弟子が?」
「うん」
六君子湯は、
これまでの経過を思い返す。
冷え。
強い腹痛と張り。
長い消耗による気血両虚。
そして、
肺に残った弱り。
「……難しいと思います」
六君子湯は、
慎重に答えた。
「少なくとも、この経過の中では」
「そうだね」
四君子湯は、
あっさり頷いた。
「私では、冷えを十分に温められない」
「止まった腹を、あれほど強く動かすこともできない」
「気だけではなく、血まで大きく失った人を、一人で立て直すのも難しい」
「肺に残った弱りを見るなら、もっと適した方剤がいる」
四君子湯は、
穏やかに言った。
「だから、私の出番はなかった」
六君子湯は黙った。
自分なら。
もし自分なら。
もう少し何かできないかと、
考えてしまうかもしれない。
脾胃を見る。
痰湿を見る。
気を補う。
できることを探す。
けれど、
四君子湯は違った。
自分にできることと。
できないことを。
まるで最初から知っているように、
迷いなく話している。
「……悔しくないんですか」
気づけば、
六君子湯はそう尋ねていた。
四君子湯が瞬きをする。
「何が?」
「自分ではなく、別の方剤が選ばれることです」
四君子湯は少し考えた。
「患者が良くなるなら、それでいいでしょう」
あまりにも簡単に答える。
六君子湯は、
また黙った。
「昔は、もう少し違ったんだけどねえ」
補中益気湯が言った。
「先生」
「何だい?」
「余計なことは言わなくていいです」
「褒めようと思ったのに」
「結構です」
補中益気湯は楽しそうに笑った。
六君子湯も、
思わず少しだけ笑う。
四君子湯は、
患者の記録を閉じた。
「大切なのは、一番強い方剤を選ぶことではないよ」
「補うもの」
「温めるもの」
「動かすもの」
「血を養うもの」
「それぞれに、役割がある」
四君子湯は、
六君子湯を見る。
「その時、その人に必要なものを選ぶ」
「それだけだよ」
「……はい」
六君子湯は頷いた。
「うんうん」
補中益気湯も、
満足そうに頷く。
「綺麗にまとまったねえ」
「先生は何もしていませんけどね」
「失礼だなあ」
補中益気湯は笑った。
そして。
「でもね」
閉じられた記録へ、
もう一度手を伸ばす。
「この話、まだ終わってないよ」
四君子湯が顔を上げた。
「……まだ?」
「うん」
補中益気湯は、
記録の最後を指で叩いた。
「人参養栄湯が肺まで養って、この人が元気になったら」
「その後は?」
六君子湯が瞬きをする。
「その後……」
「元々、虚弱な人だったんだろう?」
補中益気湯は言った。
食が細い。
疲れやすい。
体調を崩しやすい。
それは、
今回の病よりも前からあったものだ。
「人参養栄湯が、いつまでもこの人を診るわけじゃない」
「なら」
補中益気湯は、
四君子湯を見る。
そして。
六君子湯を見る。
「今度は、君たちの出番かもしれないね」
「……私たちの」
「四君子湯かもしれない」
「六君子湯かもしれない」
補中益気湯は、
自分を指さした。
「もちろん、僕かもしれない」
人参湯が静かに尋ねる。
「また、冷えが強くなれば?」
「君の出番かもしれないね」
補中益気湯は笑った。
「証は変わるから」

六君子湯は、
もう一度記録を開いた。
同じ一人の患者だった。
けれど。
そこに記されている証は、
最初から最後まで同じではない。
冷えていた。
止まっていた。
消耗していた。
戻りきらないものが、
残った。
そのたびに。
違う方剤が、
患者の傍らに立っている。
そして。
元気になった後にも。
また、
誰かがその人を支えていくのかもしれない。
「……なるほど」
六君子湯が呟く。
四君子湯が、
静かに笑った。
「何か分かった?」
六君子湯は少し考えた。
「少しだけ」
「何が?」
六君子湯は、
患者の記録を見つめた。
「患者を見るという意味が」
補中益気湯が、
満足そうに笑った。
四君子湯は何も言わず、
静かに記録を閉じた。
一人の患者に、
一つの答えだけがあるわけではない。
人が変われば。
時が変われば。
証もまた、変わっていく。
だから。
その時、その人を見る。
それが、
彼らの仕事だった。

漢方擬人化図鑑
四君子湯の君臣佐使薬

四君子湯は、
補気剤の原点ともいえる基本処方です。
「疲れやすい」
「食欲がない」
「胃腸が弱い」
そんな脾気虚の土台を整え、
体が元気を作れる状態へ導いていきます。
君臣佐使薬で見ていくと、
四君子湯は、たった4種類の生薬だけで構成されています。
しかし、それぞれが役割を分担することで、
非常に完成度の高い処方になっています。
君薬:人参
不足した気を補い、
全身の元気を支える中心となる生薬。
まさに「補気」の要です。
臣薬:白朮
脾胃の働きを高め、
飲食物から気を作り出せるよう助けます。
人参の働きを支える重要な相棒です。
佐薬:茯苓
余分な水分(水湿)を取り除きながら、
脾胃の働きをサポート。
胃腸が重くなりすぎないよう、
体内環境を整えます。
使薬:甘草
諸薬を調和させ、
全体を穏やかにまとめる存在。
処方全体のバランスを整え、
それぞれの働きを最大限に引き出します。
⸻
四君子湯が得意なこと
* 疲れやすい
* 食欲不振
* 胃もたれ
* 消化機能の低下
* 病後・産後の体力低下
など、
「元気を作る力そのものが弱っている状態」
に寄り添う処方です。
⸻
漢方擬人化図鑑より
四君子湯は、
派手に前へ出る英雄ではありません。
まず土台を整え、
脾胃を支え、
気を育てる。
その積み重ねが、
後に多くの補気剤へと受け継がれていきます。
だからこそ四君子湯は、
「補気の基本を教える教師」
という立ち位置がぴったりだと思っています。
一人の患者と証の移り変わり

今回の療養院で様々な方剤達を使い分けることとなった患者の経過のイラストです。
同じ「お腹の不調」でも、
病気の経過によって必要な漢方は変わっているのがわかりますね。
最初は脾胃が冷えて働きが落ちているだけだったものが、
冷えが強くなれば、
痛みや停滞が目立つようになり、
さらに病気や手術などで体力を消耗すると、
今度は気血を補って回復を助けることが必要になります。
回復まで長引き、
疲労や咳などが残るようになれば、
肺まで含めて体全体を養う段階へ移っていきます。
つまり、
同じ患者さんでも、証は時間とともに変化するということです。
① 脾胃虚寒の時期
まずは冷えて弱った脾胃を温め、
本来の働きを取り戻すことが大切です。
この段階では人参湯が力を発揮します。
② 強い冷えと停滞の時
冷えがさらに強くなると、
お腹の動きが止まり、
激しい腹痛やガス・便の停滞が目立ってきます。
ここでは大建中湯が芯の冷えを温め、
停滞を動かします。
③ 病後・術後の時期
症状は落ち着いても、
病気や手術によって体力は大きく消耗しています。
疲労感や食欲低下が残るような時には、
十全大補湯で気血を補い、
回復を後押しします。
④ 長期消耗の時期
回復に時間がかかり、
疲れや咳、乾いた咳などが続く場合は、
体を養いながらゆっくり立て直す段階です。
この時期には人参養栄湯が活躍します。
大切なのは、
「この漢方が一番効く」ではなく、今どんな状態なのかを見ること。
病気の経過や、その時々の証に合わせて処方を切り替えていくことが、
漢方の大きな特徴の一つです。
次は、「治療が終わってからも漢方は続く」という視点で、再発を防ぐ養生編をご紹介します。
再発を防ぐ養生

治療が終わったからといって、
そこで漢方も終わり、というわけではありません。
症状が落ち着いても、
体の土台が十分に回復していなければ、
同じ不調を繰り返してしまうことがあります。
だからこそ漢方では、
「治す」だけでなく、「再発を防ぐ」ことも大切に考えます。
四君子湯 ― 土台を整える
まずは弱った脾胃を立て直し、
食べたものからしっかり気を作れる体へ。
胃腸の働きを整え、
回復の土台を作るのが四君子湯の役目です。
補中益気湯 ― 元気を引き上げる
土台が整ってきたら、
次は不足した気を補い、
もう一歩元気を引き上げます。
疲れやすさや息切れなど、
「まだ本調子じゃない」という時に、
体を支えてくれる存在です。
六君子湯 ― 巡りを整える
胃腸の働きは戻ってきても、
気の巡りや水分代謝がまだ十分でないこともあります。
そんな時は六君子湯が、
胃の働きを助けながら巡りを整え、
無理なく元気を維持できる状態へ導きます。
養生は、治療の続き
養生とは、
特別なことをする期間ではありません。
体の状態に合わせて整え、
毎日を積み重ねていくこと。
その積み重ねが、
再発しにくい体を作っていきます。
治療が終わってからも、漢方という養生は続きます。
それは症状を抑えるためではなく、
これから先も健やかに過ごすための「体づくり」なのです。
漢方の考えで大切にしている未病の考え方でもあります。
一度体を壊したことがある方、
今、何とか壊れそうになりながら頑張っている方もいると思います。
そんな人に、
こんな考え方や
力になれる方剤達があるかもしれないということが届いたら嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
