禁酒とは、「報酬の再配分」なのかもしれない。酒やめて136日目。
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朝からフットサルに行ってきた。
真夏の日差しは容赦なく、立っているだけでも汗が流れる。
それでも仲間とボールを追いかけ、気づけば2時間走り切っていた。
帰宅すると、庭ではナスが実っていた。


収穫しながら周りを見渡すと、サンスベリアから新しい株がいくつも顔を出している。


植物は毎日少しずつしか変化しない。
だから毎日見ていると気づかない。
でも、ある日突然、「こんなに育っていたのか」と驚く。
午後は家で本を読み、静かな時間を過ごした。
今日やったことを並べると、とても地味だ。
フットサルをして、野菜を収穫して、植物を眺めて、本を読む。
昔の私なら、「何の刺激もない休日だな」と思っていたかもしれない。
でも、今は違う。
むしろ、こんな一日が心地いい。
そして今日、あることに気づいた。
禁酒とは、お酒を我慢することではない。
人生の「報酬」を再配分することなのではないか。
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人は何か行動すると、その対価として報酬を求める。
仕事を頑張ったら美味しいものを食べたい。
運動したら達成感を味わいたい。
旅行へ行けば景色を楽しみたい。
こうした報酬があるから、人は行動を続けられる。
ところが、お酒を飲んでいた頃の私は、その報酬がほとんど一か所に集中していた。
仕事を頑張ったから飲む。
疲れたから飲む。
休日だから飲む。
嫌なことがあったから飲む。
嬉しいことがあっても飲む。
つまり、どんな感情も最後はアルコールへ流れ込んでいた。
行動経済学では、人は将来の大きな利益よりも、目の前の小さくても確実な利益を選びやすいことが知られている。
これを「現在バイアス」と呼ぶ。
アルコールは、この現在バイアスと非常に相性がいい。
飲めば数分で気分が変わる。
ストレスも一時的に忘れられる。
これほど即効性のある報酬は、そう多くない。
しかし、その報酬には代償がある。
翌朝のだるさ。
睡眠の質の低下。
体力の低下。
集中力の低下。
本来なら翌日に使えた時間やエネルギーを、前借りして使っているようなものだ。
一瞬の快楽と引き換えに、未来の自分へ請求書を送っている。
そんな状態だったのかもしれない。
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禁酒を始めてから、不思議な変化が起きた。
大きな報酬がなくなった代わりに、小さな報酬が戻ってきた。
フットサルを最後まで走り切れた達成感。
ナスを収穫できた喜び。
サンスベリアから新しい株が出ている発見。
本を読んで新しい知識を得る楽しさ。
どれも一つだけ見れば、とても小さい。
アルコールのような強烈な刺激ではない。
でも、それらは一日に何度も訪れる。
心理学では、人は小さな成功体験を積み重ねることで「自己効力感」が高まり、自分はできるという感覚が育つと言われている。
この自己効力感は、新しい挑戦や継続する力にもつながる。
つまり、小さな報酬は小さいようでいて、人生全体には大きな影響を与える。
さらに脳科学では、強い刺激に慣れすぎると、それ以外の刺激では満足を感じにくくなることが知られている。
毎日大音量で音楽を聴いていると、小さな音では物足りなく感じるのと少し似ている。
アルコールも同じだ。
強い刺激を繰り返していると、植物が育つことや、体を動かすこと、本を読むことのような穏やかな喜びが感じにくくなってしまう。
禁酒をすると、その感覚が少しずつ戻ってくる。
だから最近は、植物の変化に気づくだけでも嬉しい。
昔なら見過ごしていた景色が、今はちゃんと目に入る。
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今日のナスも、サンスベリアも、フットサルも、本を読む時間も。
全部、小さな報酬だった。
以前なら、それらは酒という強烈な刺激の陰に隠れてしまっていた。
でも今は、一つひとつが生活を少しずつ豊かにしてくれている。
投資の世界には、「資産を分散させる」という考え方がある。
一つだけに全てを賭けるより、複数に分けた方がリスクは小さい。
人生の楽しみも、同じなのかもしれない。
酒だけに楽しみを集中させるのではなく、運動、読書、植物、料理、人との会話、季節の変化。
そんな小さな報酬をたくさん持っている人ほど、人生は安定する。
禁酒は、お酒を失うことではない。
人生の楽しみを、一か所からいろいろな場所へ分散させること。
私は最近、そう考えるようになった。
そして今日もまた、庭で育ったナスが、そのことを静かに教えてくれた。
最後に、YouTubeの動画も見てください🙇🙇
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