忘れていた子供の頃の夢、あなたは何でしたか?最近脳が動いている
共同マガジンにいち早く参加してくださった、
みりーほさん
2024年からnoteをされていらっしゃる大先輩
みりーほさんのこちらの記事を読んで、
「子どもの頃になりたかった職業は?」というお題に参加してみました
みなさんも是非、参加しに行ってみてくださいね!
✨本日もいらしてくださりありがとうございます✨
コメント欄を読んでいたら、
忘れていた昔の記憶が、よみがえったのです
まるよか会長のコメントを読んでいたら思い出したのです
「あれ?そういえば私・・」
子どもの頃、
なりたかった職業?
俳優になりたいと、、
えええ、ですよね
自分でも思い出して驚きました
確か、劇団入学試験だったのか、
オーディションだったのか
詳しいことは覚えていません
ただひとつ、はっきり残っている記憶があります
「このセリフを言ってみて」
そう言われて、セリフを口にしながら
私はこう思っていました
「なんで、自分が思ってもいないことを言わなきゃいけないんだろう?」
演技というものを、まったく理解していなかったんですね

役になりきる、という感覚もない
楽しむ余裕もない
「これは無理だ」
そう思った瞬間、
儚い夢はあっさり終わりました
もちろん、結果は不合格です
でも、どうして俳優だったんだろう?
そう考えていたら、もう一つの記憶が浮かんできました

昭和のお櫃(おひつ)ってわかりますか?
祖父母の家で、
お米の入っていないお櫃のカバーの上に立って、
私は歌って踊っていたそうです
しかも歌っていたのは
山本リンダ
ウララ〜🎵ウララ〜ウラウラよ〜
完全にステージですね
もしかすると、
ただ単に注目を集めたかったのかもしれません
そして、そのオーディションに付き添ってくれたのは叔母でした
たぶん父にも母にも内緒
保護者が必要だったから叔母に頼んだんじゃないかな、と今は思います
幼い頃から、
「やってみないと気がすまない」性格だったのでしょう
今思うと、なかなかの行動力です
今とかわらないとも言えますね
俳優にはなれませんでしたが、
振り返ると、人生の中で「演じる」ということは何度もありました

仕事の場面で
「女優になってください」と言われたこともあります
もちろん本物の女優ではなく、
役割として
立場を演じる
役割を演じる
自分を演出する
そういう意味では、私はずっと
何かしらを演じながら仕事をしてきたのかもしれません
そして、最近思うのは
noteの世界も少し似ているということ
素のままの自分でいられる人を見ると、
ちょっと羨ましくなります
私はというと、
「ありのままの自分」がまだよくわからない
だから何かしらの立場をとって、
そこに存在意義を感じているのかもしれません
書いていることは全部、ホントの気持ちです
でも発信の方向性は、まだ決められない
エッセイだったり
挑戦だったり
心理だったり
旅だったり
だから私のnoteは、
雑誌みたいなスタイルになっています
それでいいかな、と思っています
わからないままでも、
書き続けていく
ひとまず
60才までは続けると決めているので

子どもの頃のことを思い出していたら
もうひとつ、強烈に記憶に残っている時代を思い出しました
それが
旅館で仲居さんをしていた頃のこと
華やかなイメージもありますが、
実際の現場はなかなか濃い世界でした
今思うと、
接客の本当の厳しさ
人間関係のリアル
プロとして働く覚悟
いろんなことを、あの場所で学んだ気がします
あまり話してこなかった話もあります
なので次の記事では、少し踏み込んで
「仲居さん時代のリアルな裏話」
を書いてみようと思います
ちょっとディープなので、
次回は有料記事としてお届け予定です
興味がある方は、
覗いてみてくださいね
子どもの頃の夢は叶わなくても、そのときの性格や衝動は、
ちゃんと今の自分の中に残っているものですね
今日も読んでくださって、ありがとうございます

いいなと思ったら応援しよう!
読んでいただきありがとうございます!もしチップを頂いた場合はnoteで還元できるよう精進いたします!!