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「高学歴ニート」と言われた京大卒女が、学歴神話から降りるまで。"東大京大卒は人生安泰"という幻想

こんにちは。双子のトコトコ(姉、京大卒)です。
かつて「高学歴ニート」「あんたには学歴しかないんだね」と言われたことがあります。
今回は、そんな私が学歴について気づいたことを、生の声でお届けします。


そもそもなぜ学歴を手に入れたのか

「東大京大卒なんて、さぞ良いところのお嬢さんなんでしょう」と思われてそうなので最初に言っておきますが、そんなことはありません。

実家は田舎の駅前で居酒屋をやっています。カウンターとテーブル席が何個かあるような、ごく小さな家族経営のお店です。

飲食店は曽祖父の代からやっており、いわば士農工商の「商」の家系。
家庭内に大学進学者はいませんでした。おまけにシングルマザー家庭です。

ファーストジェネレーションについて書いた記事▼

昔ならそのまま商人として生きればいいわけですが、今は職業を自由に選べます。
しかも「居酒屋は大変だから継がせない」と言われていたので、小さい頃から将来の夢やなりたい姿が描けずにいました。

高校生になり、最初は大学に行く気はありませんでしたが、学年で1位2位を取っている双子を進路指導部が見逃すわけがありません笑。
あれよあれよという間に乗せられ、東大京大に入ったのでした。

勉強方法はこちらに▼

学歴は万能ツールではなかった

「大学に入ればなんとかなるよ」
高校の先生にそう言われて進んだ大学。

家族に大学進学者がいなかったこともあり、大学とは、入学した瞬間に人生の難易度が下がり、ドアが自動で開き、「こっちが安泰だよ」とエスカレーターで運んでくれるーーそんな魔法の切符だと思っていました。

いざ切符を手にしてみると、それは持つ人を選ぶ切符でした。
少なくとも、私には使えない切符でした。

農学部に入ったものの、理系の学問に強い興味があったわけではなく、勉強へのモチベーションは早々に底をつきました。

出身大学を出せば就職活動もうまくいくはずという淡い期待も、あっさり砕け散りました。
なんとか会社に入っても、どうにも気質が合わず、退職を繰り返すことになりました。
学歴があれば人生イージーモード、ではなかった!!

結局、あれこれ迷走した末にたどり着いたのは自営業。血は争えないんだなぁとつくづく感じます。

去年はこんな1年を過ごしました▼

学歴が必要ないと気づくために、学歴が必要だった

妹のようにアカデミックの道に進む人や、大学によって派閥があるような大企業に勤める場合は、学歴が関係あるでしょう。

でも私のようにパートナーと2人、散歩やお茶の時間を楽しみ、慎ましく暮らしている今を思うと「この生活を手に入れるために、学歴って必要だったのかな…?」と感じるのも事実です。

私が「学歴は要らなかったのかもしれない」と思った初めてのきっかけは、新卒で入った会社の入社式。

名簿の横にはご丁寧に出身大学が書いてあったのですが、旧帝大を出ていたのは私ともう1人だけでした。
「京大卒じゃなくてもここにいられるなら、京大に入らなくてよかったじゃん」と強く思いました。

もちろん、本人の自覚のないところで、学歴が有利に働いている面はあると思います。「学歴があるからそんなことが言えるんだ」という指摘も認めます。

ただ、学歴を持たないまま「学歴はいらない」と結論づけるのではなく、実際にそのレールに乗ってみて、現実を見たうえで降りることができたという感覚があります。

私にとって学歴は、人生を良くするための切符ではなく、「学歴さえあればいい人生になるはずだ」という幻想から降りるための切符でした。

大学進学には意味があった

今は「学歴は必須ではなかった」と思っていますが、それでも大学進学には意味があったと感じています。

少なくとも私にとって、大学は「勉強する場所」というより、実家を出て人生の主導権を握るためのきっかけでした。

堀江貴文さんの『ゼロ』には、「勉強とは大人を説得するツールだ」と書かれています。

子どもとは、大人の都合によっていくらでも振り回される、無力な存在だ。しかし、勉強という建前さえ掲げておけば、大抵のわがままは通る。

僕が「ここ」から脱出するためには圧倒的な説得材料が必要だった。どんな強情な人間でも認めざるを得ない、最大級の結果が必要だった。(中略)
他に選択肢はない。うちの親でも知ってる日本一の大学、東大に合格するしかないのだ。

これらには身に覚えがあります。

私自身、「女に大学は必要ない」と言う祖父を説得するにあたって、「京大なら行かせてくれるだろう」とどこかで確信していました。

勉強そのものが目的ではなく、進学は大人を納得させるための交渉材料だったのだと思います。
京大という建前の裏では、こんな下心がありました。

実家から離れたかった。
一人暮らしをしたかった。
社会に出る前のモラトリアムが欲しかった。

京都での一人暮らしは、解放された楽しさがある一方、自分と向き合う苦しさもありました。
それでもあの大学生活があったからこそ、自分で考え、自分で選ぶ練習ができたと思っています。

京大進学の経緯はこちらに▼

アイデンティティから学歴を消したい

私はちょっと前まで、自己紹介で京大卒と言っていました。
京都移住した理由が伝わるし、多少変でも免罪符になるし、何より覚えてもらえると思っていたからです。

ただ、「あんたには学歴しかないんだね」「学歴引きずりすぎだろ」と近しい人からは呆れられていました。ストレートすぎる。

そんな私が今目指しているのは、自分のアイデンティティから学歴を消すことです。
・文章を書くのが好きな私
・料理が好きな私
・自然が好きな私
・古いものが好きな私
…というふうに、学歴がなくても覚えてもらえる人でありたいと思っています。

今の知り合いは私が京大卒であることをほぼ100%知っているので、これからの人間関係が勝負です。

ただ、自己紹介の場面で
🐼:本業はブログです。
👩:どんなブログをやってるんですか?
🐼:稼いでいるブログは企業秘密なので、趣味でやっているnoteなら…と言ってこのnoteを見せる
 →学歴がバレる

という良くない流れができているので、今取り組んでいるウェブメディア(学歴の記載なし)を進めるのが急務だなと思っています。

メディアの新規立ち上げの様子は、メンバーシシップで発信中▼

なぜ「東大京大卒」として発信しているのか

このnoteをやっている理由は、学歴マウントがしたいわけでも、学歴コンプレックスを煽りたいからでもありません。
もっと身も蓋もない理由で、「自分たちの特徴の中で、いちばん分かりやすく、いちばんインパクトがあると思ったから」です。

このnoteを始めた当初、私は3社目のコンサル会社をほぼ逃亡のような形で退職しました。

会社員は無理だけど、お金を稼がなければいけない。
自分の手札を全部並べた時、思い出したのが自分が京大卒であることでした。
「ついでに」妹が東大卒だったことも思い出し、とりあえず勉強方法の発信をして稼ぐかとなったわけです。

とはいえ、大学入学は10年前(早すぎる)。勉強方法も当時のフレッシュな気持ちも忘れかけているので、発信内容が変わってきているのはご存知のとおりです。

このnoteが面白いとすれば、それは「東大京大を出たら人生安泰」という神話が、あっさり崩れている点にあると思います。
大企業にも行っていないし、出世街道にも乗っていない。それでも「東大京大のその後」をしたたかに生きている記録には、意味があるのかなと。

双子で同じ時期に会社員を辞めてから、それぞれの活動が温まってきました。今年から発信頻度が控えめになるかもしれませんが、ぼちぼち発信していきます。
読んでくださる方、記事を購入してくださる方、チップをくださる方、全ての方にスペシャルサンクスを。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後とも双子をよろしくお願いいたします🐼
(この記事は執筆トコトコ、校正ノソノソでお送りしました)


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