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音楽史・記事編164.宇奈月モーツァルト音楽祭2025

 9/13から9/14の2日間にわたり富山県黒部市の宇奈月温泉でモーツァルト音楽祭が行われました。毎年、アマチュアの演奏家にプロの演奏家を加えたモーツァルト祭が行われており今年で14年目を迎えたようです。今年の音楽祭では筆者自身も含めて多くの聴衆に感動が得られ、また筆者にとっても難しいモーツァルトの演奏における音律について感じさせられることもありましたので、主な演目について見て行きます。

〇室内楽コンサート・・・マンハイム・ソナタ

 音楽祭初日に開催された室内楽コンサートでは、バイオリンの和久井さんとピアノの塚田さんによりモーツァルトのマンハイム・ソナタの第1曲、ト長調K.301とグリーグのバイオリンソナタ第3番ハ短調Op.45が演奏されましたが、予想を超えるすばらしい演奏で聴衆の皆さんを魅了しました。特に和久井さんのバイオリンは冒頭の1小節で美しい響きに引き込まれるほどで、グァルネリという歴史的バイオリンのつややかで豊かな響きは音響に優れたホールの隅々に響き渡り、優れた楽器、優れたホール、そして優れた演奏者という3拍子が揃った名演奏となりました。モーツァルトの時代はクラヴィーアは一般には中全音律という純正長3度が可能な調律法で行われていたようで、家庭などにクラヴィーアが普及すると調性ごとの調律が不要な平均律に移行して行った時期にあたり、モーツァルトが平均律のクラヴィーアを前提として作曲したかどうかは分かりませんが、出版譜が家庭に持ち込まれ演奏されれば当時も平均律のクラヴィーアで演奏されたものと見られます。いずれにしても平均律のピアノに対し、バイオリンは純正音律を主導することが求めらると思われますので、今回のモーツァルトのマンハイム・ソナタでは平均率のピアノと純正音律のバイオリンがお互いに協奏しているようで、その中で調和を図るという演奏スタイルが感じられ、さすがにプロの演奏は違います。音楽史的にはバロック時代のバイオリンソナタではクラヴィーアやチェンバロは通奏低音として演奏されており、バイオリンは通奏低音の音程に合わせて演奏することが行われ、古典派に至り、クラヴィーアやピアノは通奏低音の役割から演奏における主役として扱われるようになります。しかも純正音律から平均律という音律様式の変化に対応する難しさ、すなわち平均律のピアノであっても音楽としては美しい純正音律の音楽が尊ばれており、どのようにアンサンブルを行っていくのかという難しさがあるように思われます。

〇シンフォニックシアター(シンセサイザー)・・・純正音律の可能性

 宇奈月のモーツァルト音楽祭ではメインホールで室内楽コンサートやスペシャルコンサートが行われる他、各旅館やホテルのロビーやギャラリー、屋外などでアマチュアやプロの演奏が約50回程度行われ、聴衆は自由に演奏会場を回り、好きな演奏を聴くことができます。子供のピアノ教室の発表会や音楽サークルなどさまざまで、希望すればだれでも演奏できるようです。その中でホテル延楽で行われたプロのシンセサイザー演奏家シンフォニック・シアターの演奏について紹介します。写真のようにお二人での演奏でありながらシンセサイザーの重厚で圧倒的な迫力ある演奏で、またあるときは美しい和声の演奏で、モーツァルトとベートーヴェンの音楽がロック風などにアレンジされ演奏され、感動的な演奏は約40名ほどの聴衆を惹きつけました。日頃クラッシク音楽を聴いている筆者にとってシンセサイザーの演奏を聴く機会はほとんどありませんが、今回のシンセサイザーの演奏はある意味、衝撃的なものでした。特にモーツァルトの演奏は基本的には純正音律で演奏されるものであり、平均律のピアノ伴奏で合唱などを行うとどのように調和を保つかという問題がありますが、なんとシンセサイザーの演奏は、うなりが全くない純正な美しい和声で溢れており、これこそがモーツァルト演奏を可能にするツールであるようにも思えました。かつてヨーロッパの教会音楽の合唱では、パイプオルガンやトロンボーンが各声部を純正な音程で主導し演奏を行っています。現代においても、合唱においては平均律のピアノ伴奏に代え、シンセサイザーのような電子楽器による純正和声に導かれた合唱を行えば、演奏者も音楽の美しさに浸りながら演奏できるのではと思われます。電子楽器の純正音律によって、西洋音楽におけるルネサンスから古典派に至る400年に及ぶ美しい純正音律の音楽を身近に演奏することが可能になり、美しいアリアや重唱、合唱曲などの声楽曲などをもっと楽しめるようになるのではないかと期待されます。

〇スペシャルコンサート・・・モーツアルトのアリアとレクイエム

 宇奈月モーツァルト音楽祭のメインイヴェントとしてモーツァルトの作品によるコンサートが行われ、バイオリン協奏曲第5番イ長調「トルコ風」K.219、歌劇「魔笛」からタミーノのアリア、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」からドン・ジョヴァンニとツェルリーナの二重唱、歌劇「フィガロの結婚」からケルビーノのアリア、最後はレクイエム ニ短調K.626の入祭唱からラクリモサまでと終曲が演奏されました。独奏者、独唱者はプロの演奏家によって、オーケストラはプロとアマチュアが混合した演奏家によって、合唱はアマチュアの演奏家によって演奏され、感動的な演奏会になったと思います。今回の音楽祭では昨年の能登半島地震支援として物品販売も行われ、ケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」では石川県輪島市出身の仲谷響子さんが美しい歌唱をされ大きな拍手がありました。また、ドン・ジョヴァンニの二重唱「ラ・チ・ダレム・ラ・マーノ」とレクイエムのソプラノ独唱は急遽、富山県氷見市出身の谷口琴音さんが代役出演されました。このコンサートが行われたホールはたいへん音響に優れ、座席も木製であり音響設計が行われたことが伺われ、演奏者もホールの響きを十分に生かしたのびのびとした演奏が行われ、観客の皆さんとの一体感も生まれ、指揮者の横島勝人さんの名リードによって思い出に残るコンサートとなりました。出演の皆さま、スタッフの皆さまお疲れさまでした。
 なお、日頃ミサ曲やモテットについて語っている筆者ですが、自宅でCDやLPは聴いているものの生演奏で聴いた教会音楽はバッハのカンタータやマタイ受難曲、モーツァルトでは戴冠式ミサ曲やアヴェ・ヴェルム・コルプスに限られ、今回のモーツァルトのレクイエムについては実は初めての生演奏でした。1768年、わずか12歳のモーツァルトはウィーンの孤児院の献堂式で若き皇帝ヨーゼフ2世、フェルディナンドとマクシミリアンの2人の大公、エリザベートとアメリアの2人の大公女の臨席のもと孤児院ミサ曲ハ短調K.139を初演し臨席した人々に大きな感動を与えています(カルル・ド・ニ著、相良憲昭訳「モーツァルトの宗教音楽」白水社)。この孤児院ミサ曲はモーツァルトの出世作となったわけですが、クレードの第3曲にトロンボーンの哀愁的なソロが現れます。このトロンボーンの独奏はイエスの十字架の苦難を象徴的に映し出しているとされます。そして、生涯の最後の作品となる歌劇「魔笛」とこのレクイエムにもトロンボーンを登場させます。レクイエムでは、セクエンツィアの第2曲にトロンボーンの朗々たる前奏が現れます。信心深かったモーツァルトは孤児院ミサ曲以来の波乱の生涯を振り返り、このレクイエムにトロンボーンの独奏を置いたようにも思えます。死期を悟ったモーツァルトは感動的な「涙の日」とも呼ばれるラクリモサの8小節まで作曲し生涯を閉じています。

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