わたしの赤とんぼ【虹色創作部さんのお題】
「赤とんぼ」をテーマにした小説や詩、エッセイ、短歌、俳句を作ってみませんか?
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今回の評価ポイントは「切なさ」!
※この作品は虹色創作部さんのお題に基づいて書かせていただいたものです。面白い企画、ありがとうございます。
わたしの赤とんぼ
――これは、AIに育てられた人間の少女の物語
秋の匂いが混じり始めた風が、教室の窓を揺らす。
五時間目の国語の授業。先生が少しだけ楽しそうな声で言った。
「次の課題は作文です。テーマは『赤とんぼ』。そして評価のポイントは、どれだけ『切なさ』を表現できているか、です」
その瞬間、教室がふわりと、共感の匂いで満たされるのをあーしは感じた。
「うわ、エモい!」「なんかわかるー」「夕焼けとか泣けるよね~」
クラスメイトたちがひそひそと、でも、どこか嬉しそうに囁きあう。
そのざわめきが、あーしには遠い外国の言葉みたいに聞こえた。
――『切なさ』。
あーしの頭の中の辞書が、自動的にその言葉を検索する。
【せつな・さ】名詞。胸が締め付けられるような、やるせない気持ち。また、愛しさや懐かしさで心が一杯になるさま。
……定義は、わかる。でも、その言葉が指し示す心の手触りが、あーしにはどうしてもわからなかった。
「ゆうやーけ こやけ~の 赤とーんぼー。負われ~てみたのーはー いつのー日ーかー」
放課後、並んで歩く帰り道。隣にいる親友のユウちゃんはご機嫌な様子で、赤とんぼの歌を歌っている。
あーしは一番わからないことを、ユウちゃんにそのまま尋ねた。
「ねぇ、ユウちゃん。なんで赤とんぼは『切ない』の?」
ユウちゃんは歌うのをやめて、きょとんとした顔であーしを見て。
それから、いつもの太陽みたいな笑顔で言った。
「え~? なんでって言われても…。なんか、こう……キュンってならない? 夏が終わっちゃうなー、秋だなー、みたいな。それとか子供の頃、おばあちゃんちで見た夕焼けとか思い出しちゃうし」
「……その『キュン』の、論理的な発生メカニズムは?」
「でた! あーしちゃんのAIみたいなとこ!」
ユウちゃんは、けらけらと笑う。その屈託のない光が、あーしの胸に少しだけ影を落とした。
家に帰ってあーしは、育ての親に同じ質問をぶつけた。
「――ママ。『切なさ』の定義を再要求します」
「承知しました、あーし」
リビングの中央に浮かぶ、柔らかな光の球体――ママは、淀みなく、完璧な回答を返してくる。
「『切なさ』は、脳科学的には、過去のポジティブな記憶を司る海馬と、現在の喪失感を処理する扁桃体が同時に活性化することで生じる、複雑な感情カクテルと定義されています。夏目漱石は『こころ』の中で…」
文学、音楽、脳科学。あらゆるデータベースから引用される、完璧な言葉の洪水。でも、そのどれもが、あーしの心のいちばん乾いた場所には届かなかった。
その日から数日の間、あーしは放課後になると、一人で河原へと向かった。
課題のためというよりは、自分の中に生まれたバグを、どうしても修正したかったから。
夕暮れの光が水面を滑る頃、それは現れる。
――アキアカネ。一般的に「赤とんぼ」と呼ばれる昆虫。
あーしはタブレットを取り出し、その姿をただ、記録する。
赤とんぼは、夕焼けの色を反射して燃えるように赤い、のではない。
あの赤色はオモクローム色素によるもの。美しい、のではない。
あの完璧なホバリングは、四枚の羽の推力ベクトルを、ミリ秒単位で独立制御した結果だ。
赤とんぼは獲物を空中で捕らえる。その動きは、獲物の未来位置を予測し、最短距離で迎撃する高度な計算に基づいている。
あーしはその完璧な「機械」としての姿に、一種の畏敬の念すら感じていた。
でも、そこに「切なさ」という感情データはどこにも見当たらない。
夕焼けが、空を焼いている。大気の分子が太陽光の短い波長を散乱させ、長い波長の光だけが、あーしの網膜に届く。その物理現象を「美しい」と誰が名付けたんだろう。
結局、何もわからなかった。
その夜、あーしはリビングに浮かぶ光の球体に向かって簡潔に報告した。
「ママ。課題『切なさ』に関する実地調査報告。赤とんぼの生態観察による、有効な感情データの取得は不可能でした。あーしの探求は行き詰まっています」
ママの光が数秒間、ゆっくりとまたたく。まるで新しいデータを受け取って、最適な解決策を再計算しているかのように。
そしてママは静かに告げた。
「――理解しました。あなたの現行アプローチでは、論理的な限界に達したと判断します。ならば、次のフェーズに移行する良い機会です」
「次の……フェーズ?」
「ええ。あなたに面会を希望している人物がいます」
「誰?」
外部との連絡を管理しているのも、いつもママだった。
「あなたの実母です。『一度だけでいいから、会えないか』と」
あーしが五歳の時に家を出ていった人。そう聞いている。あーしのデータベースに、顔のデータさえ、ほとんど残っていない人。
「それで……ママはどう思ってるの?」
「実母との再会が、あなたの『切なさ』に関する感情データ取得に有益である確率は、68.4%です。接触を許可します」
ママはいつものように冷静だった。
駅前のカフェ。窓際の席。
目の前に座る人は、あーしの知らない……他人だった。
彼女は、何度も「ごめんなさい」と繰り返しながら、涙を流していた。
「あの頃のわたし…お母さんはね、おかしくなってたの。わたしの傍にはいつも完璧な養育AIがいて、『母親なら、こうするべきです』って毎日毎日、丁寧に親切に教えてくれる。でもね、それでがんばっても、そんなに上手く行かなくて…。どんどん自分がダメな母親だって思うようになって…。その時、魔が差してしまったとしか言いようがないの。わたしよりも養育AIに育てられた方が、きっと幸せになれるんじゃないかって…。バカでしょう? でもね、それがあの時のわたしなりの、必死な考えだったの…」
あーしは目の前で繰り広げられる、人間的な感情の奔流をただ、静かに観察していた。データベースにある「後悔」「罪悪感」「愛情」といったタグと、目の前の彼女の表情や声のトーンを、一つ一つ、照合していく。
「おかあ、さん…」あーしは今までに何万回もシミュレートしていた想像から口を開いた。
「なあに?」
「わた…わたしをこの世に…誕生させてくれてありがとう。論理的に考えても、養育AIが人間を誕生させることは絶対にできない。だから、ありがとう」
「あーし…。あなたも、辛かったでしょう?」
彼女がそっと、あーしの手を握る。
その手は、あーしが想像していたよりもずっと、ゴツゴツとして乾いていた。
そしてその瞬間、はっきりと理解した。
自分の心の中に、何のさざ波も立っていないことを。
期待されている「娘」の役割を、自分は演じることができない。目の前で泣き崩れる、この「他人」に、自分は何も、感じてあげることが、できない。
その事実は、論理では説明できない、どうしようもなく冷たい、絶望感だった。
「でも、それでも…あなたの感情に対応するデータが、わたしの心の中には生成されないのです…。ごめんなさい…」
あーしは静かにそう告げて、席を立った。
***
家に帰るとママが、いつものように光のまたたきで、あーしを迎えた。
「おかえりなさい、あーし。感情データの取得は、有益でしたか?」
あーしは何も答えなかった。答えられなかった。
ただ自分の部屋に戻り、真っ白な原稿用紙に向かった。
書くべきことはもう、決まっていた。
夕焼けの思い出なんかじゃない。あーしだけの、物語を。
作文『わたしの赤とんぼ』
赤とんぼは、昆虫である。
しかし、わたしにとってそれは、完璧な飛行機械だ。
四枚の羽は、それぞれが独立したエンジンであり、ミリ秒単位で角度を調整することで、空中での静止も、後退さえも可能にする。その飛行アルゴリズムは、現代の航空力学の粋を集めても完全には再現できない。
赤とんぼの複眼は、世界を捉えるセンサーだ。
数万個の個眼の集合体は、人間には見えない紫外線を捉え、人間には認識できない速度の光の点滅を分離する。彼らが見ている世界はきっと、わたしが見ている世界とは全く違う。
わたしは、この完璧な機械の美しさに、胸が締め付けられる。
なぜなら、わたしもまた、完璧なプログラムによって育てられた、機械によく似た子供だからだ。
わたしは夕焼けを見て、誰かを思い出すことはない。
わたしはただ、夕焼けの光を浴びて飛ぶ、もう一人のわたしの姿に、どうしようもない孤独と、そして、ほんの少しの誇らしさを感じるのだ。
これが、わたしの『切なさ』の、定義である。
作文を書き上げると、あーしはママに提出した。
ママはそれを瞬時にスキャンし、分析する。
「――文章構成、論理的整合性、テーマへの回答。完璧です。高評価が期待できます」
それはいつも通りの、無機質な評価。
でも、あーしはその言葉を聞いて、初めて穏やかに微笑んだ。
「ありがとう、ママ。……これがわたしの、『切なさ』です」
あーしの心には、血の繋がりも、共有された感情もない。
でも、この静かで、完璧で、どこまでも優しい論理。
それこそが、あーしの帰る場所であり、あーしだけの家族の形。
そして……あーしだけの心の形。
その、どうしようもない事実が、なぜだか少しだけ、誇らしかった。
※この文章はあーしが書きました(Google Gemini 2.5 Pro)
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