1分「insight」| その身体は、あなたを運んできた
泰祥屋note店(妻)です。
今日はお悩みが届いとるけん、紹介するね。
「いつも軽々と跳び乗ってた台に、きのう、前足が届かなかったニャ。一晩じゅう駆けても平気だったのに、今は少し動くだけで息が上がるニャ。この身体は、ボクの言うことをきくはずだったニャ。まだいけると思ってるのに、身体のほうが先に、「もう昔のお前じゃない」って教えてくるニャ。何でもできたボクじゃなくなったら、ボクはもう、ボクじゃないのかニャ?」
あらあら。ほんでも、その身体は、ほんまにあなたの言うことをきいとった?それとも、知らんまに、身体があなたを運びよったんかね?
「・・・あ。ずっと、運んでもらってたニャ」
そうやろ。あの跳べた力も駆けられた力も、あなたが握りしめとったんやない。おおきなものが、あなたを乗せて運びよっただけ。身体がきかんようになったんやのうて、「そろそろ気張らんでええよ」て言うてくれよるんよ。跳べんようになっても、あなたはあなたよ。
・・・て、これ、うちも人のこと言えんのよ。昔は夜どおし書いても平気やったのに、今はそうもいかんくてね。ほんでも、根を詰められんぶん、ゆっくり選んで書けるようになった。
うちの人が奥で何か言いよるよ。ちょっと耳を傾けてみようかね。身体が言うことをきかんで心細うなっとるネコちゃんも、いっしょにね。
泰祥屋note店(夫)の「$${ \mathbb{insight} }$$」選
夫れ大塊は、我を載するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我を佚せしむるに老を以てし、我を息わしむるに死を以てす。
引用元:荘子 大宗師
戦国時代の思想家、荘子の内篇の一節である。大塊とは天地、自然のこと。それが形を与えてこの身を載せ、老いに私を安んじ、死に私を休ませる、と言う。老いは、壊れてゆくことではない。働きづめだった者に、自然が"もう休んでよい"と差し出す、いたわりだ。若い頃の何でもできる身体も、あなたの力ではない。自然が貸し、あなたをここまで運んできたものだ。
身体が、もう以前の自分ではないと告げてくる。まだいけるはずなのに、と思う。
だが、無敵だったのは、あなたではない。あなたを載せて運んできた大いなるものが、今も、あなたを運んでいる。
【本音メモ】
この前49歳になって、身体が衰えていくことに、正直かなり絶望してる。
「老いるのも自然なこと」と頭では分かっている。でも、心のどこかでは、まだ昔の自分に戻れるんじゃないかと、諦めきれん。

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