シーン1-side her- ほどけて そして
図書館のドアを開けた。
その姿を見つけた時、こらえきれない苦しさが口からあふれそうになる。
読んでいた本から目を上げ、こちらに気づく。
驚いたように目を見開いて、すぐさま席を立って飛んでくる。
決壊した。
涙がはげしく波打って込み上げる。
抑えることができずに、声を殺して嗚咽する。
その瞬間、両腕がわたしの全身をその胸に引きこむ。
どれくらいの時間がすぎたのだろう。
穏やかな力強さをゆるめることなく、微動だにしないほどにかたく抱きしめている。
上下する肩が落ち着く頃、その腕からほんのわずかに力がほどけるのを感じる。
ゆっくりと胸をはなし、くちびるが涙のあとを拭いながらやさしい軌跡を描いていく。
思いがけないことに強ばる背中に、あたたかさがふれる。手のひらがゆっくりとその強ばりをとかしていく。
やがてくちびるが静かに重なる。
安堵の息がもれていく。 思考は止まって、ひたすらにあたたかい体温をそのままで受け入れる。 泣いていた理由もなにもかも、ひとかけらもなくなって、ただただぬくもりに委ねて包みこまれていく。
なんて圧倒的なあたたかさ。こんなやわらかで強いぬくもりをわたしは知らない。 思いを抱いたその人に、こんなにも絶対的な安心感で包まれている。 それがしあわせでないのなら、他になにをしあわせと呼ぶんだろう。
ほんわりとしたものが、頬を伝った。
目が合う。
その目が底抜けにやさしく、暴力的なまでにあたたかく問うている。『まだ泣いているのか』と。 わたしは口元にほころぶ笑みをまっすぐに向けて、そして胸に飛び込む。
頭にそっと添えられた手が数秒を数えて、ゆっくりと耳のあたりへ下りてくる。顔を起こすように促す手のひら。
目が合う。
ふたりとも、誰に見せたこともない顔で互いを確かめた。こんなにきらきらの笑顔が自分にもできるんだと、そうかみしめながら。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
穏やかなあたたかさがあなたの心に残っていたらうれしいです。
これは、「シーン1 -side him- そのとき 音は消えた」と対をなす描写になります。
彼女の視点から描きました。
当初、対にするつもりはなかったのですが、ふたりの気持ちがわたしをつき動かしてくれました。
よろしければ、彼の視点からの描写もご覧いただけるとうれしいです。
▶「シーン1 -side him- そのとき 音は消えた」
