🌸閑話10〜母、猛女
わたしの“最強の味方”であり、
時に“最強の敵”でもあった母の話を少し。
今でこそ、孫たちにデレデレの
“甘々ばぁば”になった、うちの母。
でも、現役時代はとにかく血気盛んで
まさに猛女だった。
門限を1分でも過ぎようものなら
玄関に仁王立ち。
問答無用の——
往・復・ビンタ。
ある日も、深夜に帰宅。
案の定、鍵がかかっている。
息を殺して、音を立てずに鍵を回す。
……が、ロック!
開かない。
「……あーけーてー」と
ドアの隙間から小声で懇願。
すると、背後に気配が。
はい、お巡りさん。
”まさかの職質”
自宅の前で。
「家に入れないんです。
母が……開けてくれなくて」
苦笑いのお巡りさん。
その場でうちに電話をかけてくれる。
外にいても聞こえる、室内の電話のコール音。
なかなか出ない。鳴り続ける。
何コール目だったか——
ようやく出た母の声、異常に低くて怖い。
お巡りさんの丁寧な説明に耳を貸したのか
やっと玄関が開いた。
無言で、軽く会釈。
チラリと顔を上げた母。
ヤバいヤバいヤバい。憤怒の相。
わたし、即トイレに逃げ込み、しばらく籠城。
そんなわたしを、妹はいつも冷静に見ていた。
母の雷の落ち方を見極め
どう動くべきかを知っていた。
ホント上手に立ち回る。
そういうとこ、尊敬する。ちょっとだけ。
別の日。
会社の飲み会で酔っ払って帰宅したわたしは
自分のベッドでグロッキー。
(さすがにベッドでは吐けない)と
本能が働いたのか
上半身をベッドからはみ出させて
ゴミ箱に頭を突っ込み、リバース。
すると、なにかを察知した母。
またしても音もなく部屋に登場。
無言でわたしの前髪を
むんずと鷲掴みにして、ベッドに押し戻す。
そして、妹を呼ぶ。
「おねーちゃん、やったわ。
片付けてあげなさい。
あとでお金、もらいなさいよ」
妹、サングラスにマスク
エプロンにビニール手袋という
完全防備で無言の後処理。
ありがとね、妹。
あの夜の感謝は永遠に——
……とはいえ、手間賃はしっかり請求された。
しかも、なかなかの高額。
そんな母、違う方向性も持っていた。
ある日。
母がスーパーのレジで並んでいたときのこと。
前にいた若い女の子から
ふわっといい香りが。
(なにこの香り……!)
もう気になって気になって、仕方がない。
で、やっぱり——声をかけた。
「ごめんなさいね、あまりにも素敵な香りで…。
よかったら、
なんの香水か教えてもらえませんか?
娘に教えてあげたくて」
……いやいや、母よ。
いきなりの声掛け、不審者よ? やめてー。
しかも
娘(=わたし)
そこまで香水とかつけないタイプですよ?
母は引き下がらない。
きっと押しに負けたのだろう。
教えてくれた。
でも、聞いてもよくわからなかったらしく、
そこでカバンをごそごそ。
小さなメモ帳とボールペンを取り出し
にっこり差し出す。
「書いて♡」
結果、母はしっかり香水の名前を
ゲットして帰宅。
満面の笑みで、わたしにメモを手渡してきた。
「ねっ、これ。あんたに似合うと思って!
聞いてきた!」
ありがとね。調べてみたよ。
イブ・サンローランの、とびきり甘〜いの。
……うん、ごめん。
タイプじゃないわ。
母はいつも、「わたしのために」動いてきた。
その方向がズレていようが
強引だろうが、止まらない。
血気盛んで、無敵で、どこか不器用な――
だけど、愛がだだ漏れの猛女。
うちの母は、やっぱり最強で最高だ。
