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A NEW STYLE WAR — コグニティブ・イミュニティ (小説)

【出版社の皆様へ/持ち込み企画】
この衆院選、ラスト3日で「精巧な偽動画」が出回ったら、私たちは見抜けるか?

そんな近未来の選挙戦を描いた社会派小説『A NEW STYLE WAR』を執筆しました。 (原稿13万字完成済)

あらすじ: ポピュリスト政治家が仕掛ける「認知戦」に、元ファクトチェッカーと天才ゲームデザイナーが挑む。彼らの武器は、大衆に「扇動者の手口」を体験させる『悪のゲーム』を流行らせること——。

ポイント: ・ケンブリッジ大学の研究(接種理論)をベースにした「プレバンキング(事前免疫)」がテーマ。 ・単なるディストピアではなく、「疑う勇気」を持つための実用的な「思考のワクチン」。

現実がこの小説を追い越す前に、世に出したいです。ご興味のある編集者様、ご連絡お待ちしております。

「民主主義をハックせよ。武器は、嘘をつくための「ゲーム」」
「その戦争は、ミサイルではなく「いいね!」で世界を焼き尽くす。」
「読むワクチン。フェイクニュースに殺されないための、最強の処方箋。」

キャッチコピー

第一章:見えない爆弾と、愛の脆さ

1. 地下鉄のグラウンド・ゼロ


窒息する密室

 東京の地下深く、コンクリートと鉄骨で補強された巨大な空洞を、銀色の蛇が滑るように疾走していた。

 午前八時十四分。帝都高速度交通営団、千代田線。

 車両番号1602の内部は、窒息しそうなほどの静寂と、人間が放つ湿った熱気で満たされていた。すし詰めの肉体。他人の背広の匂い、整髪料の甘ったるい香り、昨晩のアルコールの残り香、そして微かな不安の臭い。それらが空調の冷たい風と混じり合い、淀んだ大気となって乗客たちの肺を出入りしている。

 物理的には、彼らはこれ以上ないほど密接していた。肩と肩が触れ合い、電車の揺れに合わせて無防備に体重を預け合う。しかし、精神的な位相において、彼らは数光年ずつ離れた孤立した惑星だった。

 視線は誰とも交わらない。全員が首を四十五度の角度に折り曲げ、掌(てのひら)の中に収まる六インチの長方形――その発光するガラスの板を、祈りを捧げるかのように凝視している。

 そこは「地下」だった。

 物理的な地下鉄(サブウェイ)であると同時に、個人の意識が潜り込む、深く暗いパーソナル・スペースとしての地下(アンダーグラウンド)。

 そこには上司の叱責も、満員電車の不快感も、将来への漠然とした不安も一時的に遮断できるシェルターがあった。彼らは自分の好みに合わせてキュレーションされたニュースフィード、友人たちの輝かしい虚像が並ぶSNS、あるいはレベル上げのためだけの単調なゲームに没入し、現実というノイズをキャンセルしていた。

 誰も気づいていなかった。

 そのシェルターの天井に、すでに目に見えない亀裂が走り、そこから致死性のガスが漏れ出し始めていることに。

 成層圏を周回する軍事衛星からではなく、海底ケーブルを通り、地上の基地局を経由して、地下のトンネルへと降り注ぐ不可視の電波。それが、何千、何万というパケットに分割された「爆弾」となって、いま彼らの手元に到達しようとしていた。

 カイは、その瞬間を、離れた場所にあるモニター越しに観測していたわけではない。彼もまた、偶然その車両の端、連結部のドアに押し付けられるようにして立っていた。

 元ファクトチェッカーとしての職業病か、彼は周囲の人間が何を消費しているかを観察する癖があった。隣のサラリーマンはプロ野球の速報を。向かいのOLは韓国アイドルのインスタグラムを。その隣の学生は就活サイトを。

 平和な、あまりに平和な情報の消費風景。

 だが、変化は唐突に、そして連鎖的に訪れた。

 最初は、音だった。

 日本の公共交通機関では、マナーモードが不文律の掟である。しかし、その静寂を破る鋭い通知音が、車両の中央付近で鳴り響いた。

 ピロン。

 本来なら、舌打ちの一つも飛んでくる場面だ。だが、舌打ちが聞こえるよりも早く、第二の音が鳴った。

 ブブブ、ブブブ。

 バイブレーションの低い振動音が、床を伝ってカイの足裏にまで届く。

 ティロリ、ティロリ。

 シュッ。

 ピロン、ピロン、ピロン。

 それはまるで、見えない指揮者がタクトを振り下ろしたかのような斉射(ボレー)だった。

 異なる機種、異なるアプリ、異なる通知設定。バラバラな電子音と振動が、不協和音となって車両内を満たし始めた。

 カイの背筋に、冷たいものが走った。

 これは、ただ事ではない。緊急地震速報か? Jアラートか?

 しかし、乗客たちの反応は、物理的な危険を察知した時のそれとは違っていた。彼らは顔を上げず、むしろより一層深く、掌の中の深淵へと吸い込まれていった。

 カイの目の前にいた中年の女性――スーパーのレジ袋を提げ、疲れ切った顔をしていた――が、スマホの画面をタップした。

 彼女の瞳孔が、一瞬で収縮するのが見えた。

 弛緩していた口元が引き結ばれ、眉間に深い皺が刻まれる。彼女の呼吸が浅く、早くなる。

 彼女が見ている画面を、カイは盗み見た。

 そこには、動画が再生されていた。

 薄暗い映像。手ブレの激しい、隠し撮りを装ったカメラアングル。

 場所はどこかの貯水施設のように見える。巨大なコンクリートの槽。そこに、作業服を着た数人の男たちが立っている。彼らの顔立ちは東洋的だが、日本人ではないことが、そのイントネーションや振る舞いから示唆されるように演出されていた。

 男の一人が、懐から小瓶を取り出す。毒々しい紫色の液体が入っている。彼はカメラに向かってニヤリと笑うと――その笑顔はあまりに邪悪で、映画の悪役のように戯画的だった――液体の蓋を開け、貯水槽の中へと注ぎ込んだ。

 水面が波紋を広げ、紫色の染みが拡散していく。

 映像には、扇情的な赤いテロップが被せられていた。

 『【緊急拡散】K国工作員による水道テロ発覚! 日本の子供たちが危ない! 政府とマスコミは隠蔽中!

 あまりにチープな作りだった。

 カイの目から見れば、それは「フェイク」の教科書のような代物だった。

 男たちの影の落ち方が光源と一致していない。水面の波紋の広がり方が物理法則と微妙にズレている。何より、あの「邪悪な笑顔」は、特定の感情を喚起するためにAIによって生成された、典型的なマイクロ・エクスプレッションの誇張だ。

 ディープフェイク。それも、精巧さよりも「感情への着火」を優先した、粗雑だが強力な焼夷弾。

 だが、満員電車の閉塞感と、朝のストレスに晒された脳には、冷静な分析など不可能だった。

 「うそ……」

 女性が小さな悲鳴を漏らした。

 その声は、静まり返った車内では爆発音のように響いた。

 彼女は震える指で、反射的に画面右下のアイコンをタップした。「シェア」。拡散。

 彼女の指先から放たれた信号は、地下の基地局を駆け上がり、光ファイバー網を疾走し、彼女の友人、家族、同僚――数百人の「信頼する人々」の端末へと、ウイルスのように飛び火した。


直接選挙という名の劇薬

 現象はパンデミックのように進行した。

 カイは車両全体を見渡した。

 一分前まで、そこには無関心な他人同士の群れがあった。しかし今、彼らは「怒り」と「恐怖」という共通のコードで接続された、一つの巨大な有機体へと変貌しつつあった。

 なぜ、これほどまでに反応が早いのか?

 なぜ、人々はこんなにも簡単に「敵」を見つけたがり、「救世主」を求めてしまうのか?

 カイの視線が、中吊り広告に吸い寄せられた。

 そこには、今もっとも勢いのある男、ギドウ・カズキの巨大な顔写真と共に、太いゴシック体でこう書かれていた。

 『あなたが決める。この国の新しい王を。』

 三年前の憲法改正と選挙法の大幅な改定。それが、この国の風景を一変させていた。

 「総理大臣公選制(首相直接選挙制度)」の導入である。

 それまでの、密室での派閥談合や、国会議員同士の多数決でリーダーが決まる議院内閣制は、「民意を反映していない」「スピード感がない」として廃止された。

 国民一人一人が、スマホ一つで、直接国のトップを選ぶことができる。

 一見すれば、それは民主主義の究極の到達点に見えた。

 だが、カイはその危うさを誰よりも理解していた。

 「これは選挙じゃない。人気投票コンテストだ」

 中間団体や専門家のチェック機能は失われ、政治家と大衆が「感情」だけでダイレクトに接続される世界。

 そこでは、政策の整合性や実務能力よりも、「キャラが立っているか」「言葉が短いか」「敵を倒す姿が痛快か」が優先される。

 それは、ギドウのようなポピュリスト(大衆迎合主義者)にとって、これ以上ない狩り場だった。

 右斜め前の若いサラリーマンが、舌打ちをした。「ふざけんなよ……」

 左側の大学生のグループが、画面を見せ合いながら囁き合う。「これマジ?」「ヤバくね?」「水源って、ウチの県じゃん」

 ドア際の老人が、憎悪に満ちた目で中吊り広告――対立候補のポスターだ――を睨みつけた。

 直接選挙という劇薬でハイになった国民たちは、退屈な真実よりも、即効性のある刺激的な嘘を求めている。

 「俺の一票で、こいつらを排除できる」という万能感。

 ギドウ陣営は、その万能感をくすぐる天才だった。彼らは論理的な政策論争ではなく、人々の感情をハックする「認知戦」に全精力を注いでいるのだ。


扁桃体への爆撃

 カイは自分のスマートフォンを取り出した。

 SNSのトレンドワードは、すでに真紅に染まっていた。

 #水源毒混入

 #外国人テロ

 #ギドウを支持します

 #日本を守れ

 ものの数分で、数万件のポスト。その拡散速度は、自然発生的なものではあり得ない。ボットネットによる初期ブースト、インフルエンサー買収による延焼、そしてアルゴリズムによる「おすすめ」への強制介入。

 これは軍事作戦だ。カイは直感した。

 地下から運ばれた爆発物。

 それは火薬も金属片も使わない。代わりに、人間の「扁桃体(アミグダラ)」――恐怖と怒りを司る脳の部位――を直接爆撃する。

 この車両に乗っている数百人は、爆風に吹き飛ばされたわけではない。しかし、彼らの「日常への信頼」は、いま粉々に粉砕されたのだ。

 「あなた、これ見て!」

 隣の女性が、誰かに電話をかけ始めた。マナー違反など、もはや誰も気に留めない。「水道水、飲んじゃだめよ。子供の水筒、中身捨てさせて! 今すぐ!」

 彼女の声は金切り声に近い。恐怖が理性を麻痺させている。

 「警察? 警察なんてあてにならないわよ、動画で言ってるじゃない、隠蔽されてるって!」

 カイは、息が詰まるのを感じた。

 酸素濃度が下がったわけではない。情報の毒素が充満しているのだ。

 ギドウ陣営が放ったこの「爆弾」は、事実(ファクト)の次元で戦おうとしていない。

 「水」という、生命維持に最も基本的で、誰もが毎日口にするものをターゲットにしたのが致命的だった。

 論理的思考が追いつく前に、生理的な嫌悪感が先走る。「汚染されたものを口にするかもしれない」という原初的な恐怖。それは、どんなに精緻なファクトチェック記事よりも、六倍、いや六〇〇倍の速度で神経系を駆け巡る。

 車両が大きく揺れた。カーブに差し掛かったのだ。

 乗客たちが一斉によろめく。

 以前なら、そこには「すみません」という無言の会釈や、触れ合うことへの微かな配慮があった。

 だが今は違う。

 ぶつかった肩と肩の間には、敵意があった。

 疑心暗鬼。

 (こいつも、あの国の人か?)(毒を入れた側の人間か?)(それとも、真実を知らずにのほほんとしている平和ボケか?)

 マスク越しの視線が鋭く交錯する。

 誰もが被害者であり、同時に誰もが潜在的な加害者に見える世界。

 認識論的ポピュリズムの毒が、この密室空間を「万人の万人に対する闘争」の場へと書き換えてしまった。


壊れたゲームの中で

 カイのスマホが振動した。

 研究所の同僚からの通知だ。

 『カイ、見てるか? エンゲージメント率が異常だ。この動画、メタデータに痕跡がない。生成AIの最新型だ。水源局に確認したが、当然異常なし。でも、電話回線がパンクしてる』

 カイは短く返信を打つ。

 『手遅れだ。事実はもう死んだ』

 彼は顔を上げた。

 目の前の窓ガラスに、自分の顔と、背後の乗客たちの姿が映り込んでいる。

 そこには、かつて見たことのある光景が重なった。

 戦時中のプロパガンダ映像で見た、熱狂する群衆の顔。あるいは、カルト宗教の集会で、教祖の言葉に涙する信者たちの恍惚とした表情。

 それと同じ「純粋な狂気」が、この現代の地下鉄の中で、静かに、しかし確実に培養されていた。

 彼らは叫んではいない。暴れてもいない。

 ただ、スマホを見つめ、指を動かしているだけだ。

 いいね。リポスト。コメント。「許せない」「殺せ」「国外追放だ」。

 指先一つで、彼らは加担者になっていく。

 地下から運ばれた爆発物のスイッチを、彼ら自身が嬉々として押し続けているのだ。

 (愛は時に、あまりに脆く)

 ふと、カイの脳裏にそんなフレーズが浮かんだ。

 この車両の中にも、家族を愛し、友人を大切にする善良な人々がいるはずだ。さっきの女性も、子供を守りたい一心で電話をかけたのだろう。

 その「愛」が、いとも簡単にハッキングされ、憎悪のエネルギーへと変換されてしまう。

 愛する者を守りたいという防衛本能こそが、他者を攻撃する最強の動機になる。

 認知戦のデザイナーたちは、その人間の心のバグ(脆弱性)を熟知している。

 電車が減速を始めた。駅に到着する。

 プシュー、という音と共にドアが開く。

 新鮮な空気が流れ込んでくるはずだったが、カイには外の空気さえも鉛色に濁って見えた。

 吐き出される乗客たち。

 彼らは階段を駆け上がり、地上へと向かう。

 それぞれの職場へ、学校へ、家庭へ。

 ポケットの中の「爆弾」を携えて。

 感染(インフェクション)は終わらない。ここがグラウンド・ゼロ(爆心地)だとしたら、これから爆風(ブラスト)が社会全体を焼き尽くすのだ。

 カイはホームに降り立った。

 喧騒の中で、彼は一人、立ち尽くす。

 「誰も隠れる場所がない」

 彼は呟いた。

 スマホを捨てたとしても、この空気からは逃れられない。

 この新しい戦争は、国境線ではなく、人間の認識の境界線上で起きている。

 そして我々は、第一撃を完全に食らったのだ。

 カイは拳を握りしめた。

 無力感が、やがて冷たい決意へと変わっていく。

 事実が無力なら、戦い方を変えるしかない。

 彼は人混みに逆らうように歩き出した。向かう先は、地上のオフィスではない。もっと深い、デジタルの地下迷宮――反撃の狼煙を上げるための、孤独なアジトへと。

 その頃、同じ地下鉄の別路線の車両で、サラもまた、その「爆発」の余波を受けていた。

 彼女はゲーミフィケーション・デザイナーらしく、周囲の反応をゲームのパラメータのように分析していた。

 (恐怖値、上昇。怒りゲージ、マックス。集団同期バイアス、発動中)

 彼女のスマートウォッチが、心拍数の上昇を警告する。

 彼女自身の恐怖ではない。周囲が発する強烈なストレス波に、身体が同調してしまっているのだ。エンパス(共感能力者)的な資質を持つ彼女にとって、この満員電車は拷問室に等しかった。

 隣に立つ女子高生たちの会話が聞こえる。

 「ねえ、これ見て。ヤバくない?」

 「うわ、キモっ。水飲めないじゃん」

 「てか、ギドウさんが言ってること、本当だったんだね」

 「やっぱあの人しかいなくない? 日本守れるの」

 サラは目を閉じた。

 単純な三段論法。

 恐怖(毒)→ 敵(外国人)→ 救世主(ギドウ)。

 完璧に設計されたユーザー・エクスペリエンス(UX)。

 このシナリオを書いた人間は、人間のドーパミン回路を完全に理解している。嘘の情報を信じた時の「私は真実を知った」という快感は、どんなエンタメよりも中毒性が高い。

 (でも、バグがある)

 サラは目を開けた。

 彼女の瞳には、絶望ではなく、デバッガーとしての冷徹な光が宿っていた。

 どんなに精巧なゲームにも、必ず攻略法(エクスプロイト)がある。

 プレイヤーが、自分が「ゲームの中にいる」と気づいた瞬間、魔法は解ける。

 (今はまだ、みんなNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)のように振る舞っているだけ。スクリプト通りに怒り、スクリプト通りに拡散している)

 サラはスマホを取り出し、カイへのメッセージを打ち込んだ。

 『カイ、状況は把握してる? フェーズ1が始まったわ』

 送信ボタンを押す。

 彼女は、怒りに震える乗客たちの背中を見ながら、心の中で呟いた。

 (待ってて。あなたたちを、そのクソゲーからログアウトさせてあげる)

 地下鉄は、轟音を立てて闇の中を走り続ける。

 地上では、朝日が昇っているはずだ。しかし、この国の認識の空には、分厚い暗雲が垂れ込め始めていた。

 新しいスタイルの戦争。

 その開戦のサイレンは、誰の耳にも聞こえない周波数で、すでに鳴り響いていたのである。



(いかがでしたでしょうか?続きはカクヨムで掲載していきます)




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