なぜ業務スーパーは、あの値段で潰れないのか。工場を持つ「メーカー」だからという答え
大学院生の頃、研究室にワインをいつも10本くらい常備していた。
4留の先輩や、後輩と、夜になると誰からともなく栓を開ける。銘柄にこだわりはない。業務スーパーで買ってきた、1本数百円~高くて千円程度の安いやつだ。研究がうまくいかない日も、うまくいった日も、あのワインを飲んでいた。
正直に言うと、あの頃の自分は「なぜこの値段で買えるのか」を一度も考えたことがなかった。ただ「安くてありがたい」と思っていた。金のない院生にとって、あのありがたさは最高のスパイスだった。
あれから何年も経って、決済とお金の流れを仕事にするようになった今、ようやくあの安さの正体が分かる。そして分かってみると、それは「企業努力で頑張って安くしています」という精神論ではなかった。もっと構造的で、もっと徹底した話だった。
東証は、業務スーパーを「スーパー」だと思っていない
まず、意外な事実から始めたい。
業務スーパーを運営しているのは、神戸物産という会社だ。兵庫県加古川市に本社を置く、東証プライム上場企業である。全国に1,122店舗を展開し、そのほとんどはフランチャイズ、つまりFC方式で運営されている⁶。
この神戸物産、東京証券取引所での業種分類が「小売業」ではない。「卸売業」に分類されている¹。
念のため言うと、イオンは小売業だ。セブン&アイも小売業。ふだん私たちが「スーパー」だと思って買い物をしている会社は、市場ではだいたい小売業に分類される。ところが業務スーパーだけは、同じように棚を並べて客に売っているのに、市場での住所が「卸」なのだ。

これは分類の手違いではない。神戸物産という会社の成り立ちそのものが「小売」ではなく「卸」だから、こうなっている。
普通のスーパーと、順序が逆だった
普通のスーパーは、まず店を作る。そして、メーカーや卸から商品を仕入れて、棚に並べる。「店」が先にあって、「商品」を外から集めてくる。
神戸物産は、この順序が逆だった。
創業者の沼田昭二氏の経歴を追うと、それがよく分かる²。三越で流通を学んだあと食品スーパーを創業し、1992年に中国の大連に工場を作った。そこで日本の食品メーカー6社に工場を「場所貸し」して、自社の従業員に製造をやらせることで、食品を作るノウハウを蓄積していった。その後、食品メーカーのM&Aを重ねて工場を自社グループに取り込み、2000年になって、製造と販売を一体化した「業務スーパー」の1号店をようやく開いた。
つまり神戸物産は、「工場」を先に持って、そこに「店」を後からかぶせた会社だ。製造業として始まって、自分で作ったものを売るための出口として、店を建てた。現在では国内に26拠点の食品加工工場を持ち、海外にはおよそ600の協力工場を抱えている⁶。
だから、業務スーパーは「スーパーの皮をかぶったメーカー」だと言える。ここまでが、タイトルの問いに対するいちばんシンプルな答えになる。
なぜ潰れないのか。払う相手がいないから
では、なぜあの値段で潰れないのか。
普通のスーパーが商品を1つ棚に並べるまでには、いくつもの手が入る。メーカーが作って利益を乗せ、卸があいだに入って利益を乗せ、最後に小売が利益を乗せて、客に届く。同じ商品でも、私たちが払う値段には「途中で利益を抜いた人の数」が乗っている。

神戸物産は、その「途中の人」がいない。工場が自分のものだから、メーカーに払うマージンがない。あいだの卸も自分でやっているから、卸に払うマージンもない。作って、運んで、売るまでを一本の管でつないでいる。だから、同じ値段で売っても、他人に抜かれるはずだった利益が自分の手元に残る。
これが「潰れない」の正体だ。安くしても利益が出るのではなく、他人に払うはずのお金を、そもそも払っていない。
その結果が、数字にはっきり出ている。スーパー業界の平均的な営業利益率が約1%と言われるなか、神戸物産の営業利益率は約7%³。売上高は2025年10月期で5,250億円、純利益は240億円と、過去最高を見込んでいる⁴。「安さ」を売りにしている会社が、業界平均の何倍もの利益率を叩き出している。
ただ「メーカー」だけでは、半分しか説明できない
ここまで「メーカーだから安い」と書いてきたが、正直に言うと、これだけでは半分しか説明できていない。
神戸物産のPB、つまり自社ブランド商品の売上比率は、2023年10月期で34.57%だった。そして、その内訳がおもしろい。国内の自社工場で製造したものは11.1%で、残りの23.5%は輸入品なのだ⁵。
つまり、「自社の工場で作っている」のは、売上のうち1割ほどにすぎない。残りの大きな塊は、世界およそ50ヶ国から直接買い付けてきた輸入品だ⁵。イタリアのパスタ、ベルギーのワッフル、ベトナムのフォー。ああいった商品は、神戸物産が作っているのではなく、現地から「卸を通さずに、自分で直接買ってきている」。

だから神戸物産の正体は、「メーカー」の一言では足りない。自分で作る「メーカー」であると同時に、世界中から中間業者を挟まずに直接買ってくる「商社」でもある。この2つを両方とも自前でやっているから、川上にも川下にも他人がいない。
冒頭で書いた「東証の分類が卸売業である」という話が、ここで回収される。作る機能と、世界から直で集めてくる機能。その両方を持ってあいだのマージンを消している会社は、たしかに「小売」よりも「卸」と呼ぶほうが正確なのだ。
コメダと同じ、でも一段だけ徹底している
以前、コメダ珈琲店のことを「喫茶店の皮をかぶった卸売業」だと書いたことがある。加盟店に豆やパンを卸すことで稼ぐ、卸売業としての顔を持っているからだ。
神戸物産は、それをさらに徹底した形だと思う。
コメダが「卸す」ところで稼いでいるとすれば、神戸物産は「作る」ところから「売る」ところまで、一本の管を通してしまった。本来なら、その管の途中で何人もの他人が少しずつ利益を抜いていく。神戸物産は、その他人を一人ずつ管の外に出して、抜かれるはずだった利益を全部自分のものにした。
「業務スーパーはなぜ安いのか」という問いに、私はこう答えたい。あの安さは、企業努力という精神論の名前ではない。「利益を抜く人間の数を、できるだけ減らした」という、構造の名前だ。
それでも、感謝は減らなかった
仕組みが分かった今、あの研究室のワインを思い出す。
正直に言うと、構造を知ってしまうと、ありがたみが薄れるんじゃないかと少しだけ思っていた。「なんだ、そういうカラクリか」と冷めてしまうんじゃないか、と。
でも、そうはならなかった。
むしろ逆だった。工場を持ち、世界50ヶ国から直接買い付け、あいだのマージンを一つずつ消していく。そこまでの構造を組み上げて、ようやくあの数百円のワインは棚に並んでいた。それを知ったら、感謝の解像度がむしろ上がった。金のない院生の夜を支えてくれていたのは、誰かの善意ではなく、ここまで徹底した仕組みだったのかと。
構造を知ることは、冷めることではない。むしろ、ありがたさの理由がわかることだ。今日も業務スーパーのどこかの棚で、あの安いワインは、静かに製販一体の管の先に立っている。
出典
神戸物産の東京証券取引所における業種分類(卸売業)。J-LiC 上場企業サーチ、Yahoo!ファイナンス 企業情報
神戸物産および創業者・沼田昭二氏の沿革(1992年の大連工場設立、日本の食品メーカー6社への工場貸与による製造ノウハウ蓄積、M&Aによる食品工場のグループ化、2000年の「業務スーパー」1号店開店)。Wikipedia「神戸物産」
神戸物産の営業利益率(約7%)およびスーパー業界の平均営業利益率(約1%)。ビジネスジャーナル(2025年5月)
神戸物産2025年10月期の連結業績見通し(売上高5,250億円、純利益240億円、いずれも過去最高見込み)。ビジネスジャーナル(2025年5月)
神戸物産のPB商品売上比率(2023年10月期34.57%、うち国内自社工場製11.1%、輸入品23.5%、輸入先約50ヶ国)。フィスコ 企業レポート(2024年2月)
国内自社グループ工場数(26拠点)、店舗数(1,122店舗)、海外協力工場数(約600)およびFC方式。神戸物産 公式サイト 事業紹介・採用ページ(2025年10月末/2026年5月末時点)

