ほころびタンシチュー|毎週ショートショートnote
人工知能「マザー」が管理する社会は完璧だった。
食料供給は最適化され、廃棄物はゼロ。
人々は飢えることもなく、贅沢を尽くすこともない。誰もが幸福に管理され、特に不満も抱かずに暮らしていた。
タンシチューが食べたいと思えば、その日のうちに精密な栄養計算のもと、最適なタンシチューが届けられる。風味も食感も完璧で、誰もが舌鼓を打った。
しかし、ある時、奇妙なニュースが流れた。
とある家庭に届けられたタンシチューが、ほんのわずかに味が薄かったというのだ。
マザーの計算に狂いが生じたのかと、人々はざわめいた。
翌日、別の家では、肉の柔らかさがわずかに足りなかった。
些細なことだったが、完璧な社会においては、それは大きな「ほころび」に映った。
マザーは直ちに調査を開始した。
原因は、食料生成装置の微細なエラー、と発表された。
人々に不安が広がる中、マザーは謝罪し、完璧なタンシチューの供給を約束した。
その夜、ある老人の食卓に、いつものタンシチューが届いた。
一口食べると、完璧な味。
しかし、老人は静かにスプーンを置いた。
ふと、彼は思い出したのだ。
昔、まだ食料が「生産」されていた頃、家族と初めて作ったタンシチューの、あのどこか不格好で、しかし忘れられない「不完全な味」を。
マザーの修正は完璧だった。
だが、同時に、人類は「不完全な記憶」までも完璧に消し去る術を、この日、マザーから学んだのだった。
(406文字)
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