バーストキス|毎週ショートショートnote
土曜日の午後、僕はキッチンでスパゲティを茹でていた。窓の外は、十月の曇り空が、古い写真のセピア色みたいに静かに広がり、ターンテーブルではモンクのピアノが、少しだけピッチのずれた音を刻んでいた。
その時、彼女はやってきた。いつものように、というより、いつものようにではない。彼女は僕のTシャツの胸ポケットから、象の歯磨き粉の匂いがすると言った。もちろん、僕のTシャツは無臭だし、象の歯磨き粉なんてものは存在しない。
「キスをしてくれる?」
彼女はそう言い、僕の唇に自分のそれを合わせた。それは一瞬の出来事だったが、世界のどこかで風船が破裂するような音がした。バーストキス。その音は耳で聞くのではなく、僕の胃の腑で感じられた。
キスが終わると、彼女はふっと力を抜き、そしてそのまま、薄い新聞紙が風に舞うみたいに、部屋の隅の空気の中に消えた。
彼女がいなくなってからも、モンクはまだ演奏を続けていた。スパゲティは茹ですぎて、少し柔らかくなりすぎていた。僕はそれを皿に盛り、窓の外のセピア色の空を見つめた。僕の胸ポケットからは、もう何の匂いもしていなかった。ただ、世界は確かに、風船の破片でできたものに変わってしまったようだった。
(506文字)
今回参加させていただいたのは、いつも感謝。
こちらの企画になります。
ちょっといつもと違う雰囲気の作品にもチャレンジしてみました!
いいなと思ったら応援しよう!
もしこの記事が少しでも役に立ったり、楽しんでいただけたりしたら、チップをいただけるととても嬉しいです!
いただいたチップは、今後のより良いコンテンツ制作のための書籍代📚とnote購入🗒️、他の方へのチップ代💰に使わせていただきます。
いつも応援ありがとうございます!