無宗教の私が、毎日神社で祈る理由。
皆さんは、朝のルーティンってありますか?
私の朝のルーティンは、0歳の娘と一緒に「あさんぽ」することです。
(朝のお散歩なので、我が家では「あさんぽ」と呼んでいる)
この季節は、おなかに密着する娘で暖をとりながら、朝の少し冷たい風を浴びるのがなんとも気持ちいい。
そんな「あさんぽ」の道すがら、街中の小さな神社の前を通ります。
その神社で、私は毎日欠かさず10秒ほど祈ります。
特にこれといった信仰があるわけではない私が、なぜ毎日祈るのか。
今回は、そんな不自然な行動の理由についてお話していこうかなと思います。
✒️祈りは"最も手軽な"没頭状態への扉
私は日常の中で「すべてを忘れて没頭する時間」をとても大切にしています。
瞑想
ランニング
筋トレ
サウナ
大切な人との会話
どれも「余計なことを考えず、今この瞬間だけに意識が集中する状態」に入ることができます。
そして、その没頭状態は、心身を良い状態で保つために欠かせないと思っています。
しかし、上で挙げたような行動って、準備や場所、相手が必要なので、少しハードルが高いと思いませんか?
もちろん、瞑想やマインドフルネスができる人はそれでいいですが、それらも習得するまでに時間がかかるものですよね。
その一方で、"祈り"は『誰でも』『今すぐ』にできる。
手を合わせて、目を閉じて、何かを拝む。
その数秒だけは、余計なことは一切考えませんよね。
「今日も大きな事故なく過ごせますように」
「いつも支えてくれる人たちにありがとう」
祈りの間、そんなことを考えると思います。
祈っているときに、わざわざ「嫌なこと」を思い出す人はいませんよね。
そうなんです。
祈りの時間は、必ずみんな"良いこと"を考えるようにできているんです。
私はこの
「"勝手にいいことを考える"という仕組みが凄いから、取り入れた方がいいよ」
ということを皆さんに伝えたく、この記事を執筆し始めました。
別に特定の宗教に入れと言っているわけでもないですし、神を信じろと言っているわけでもないです。
だけど、何かに対して祈る。
その行為は、メリットがあるよという話でした。
騙されたと思って、次の文章に行く前に、今すぐに目を閉じ、手を合わせ、「自分の目標」や「大切な人」を思い浮かべて祈りをささげてみてください。
きっと少し晴れやかで、前向きな気持ちになれると思います。
✒️目標や感謝など「形のないもの」に意識が向く
老子の教えで、私が好きな言葉があります。
「足るを知る者は富む、強めて行う者は志有り」
意訳はこうです。
「満足を知る人こそ本当に豊かであり、努力を続ける人はそれ自体で志を成し遂げている」
祈る時間って、まさにこの言葉を体現しているなと。
「〇〇であることに感謝しよう」
「〇〇という目標を達成したい」
そういった“実体のない大切なこと”を自然と思い出すきっかけになります。
目標を毎日思い出すメリットは言うまでもありませんが、努力を継続するうえで確実にプラスとなりますよね。
また、
「日本という国に生まれたこと」
「あったかいご飯を食べ、あったかいお風呂に入り、あったかいお布団で寝ることができること」
「支えてくれる人がいること」
そうした“当たり前”のことに感謝できる人は、私は本当の意味で豊かな人間だと思っています。
そんな「足るを知る」ことを忘れないために、私は毎日祈るのです。
📝さいごに
「祈りは、勝手に良いことを想起する素晴らしいシステムである」
「祈りは、"実体のない大切なこと"を意識することができる」
これが、今回私の伝えたかったことです。
日本で生活していると気づきにくい、「人はなぜ神を信じるのか」という思考の一端に触れることができたのではないでしょうか。
そもそも、私が「没頭状態」を大切にしている理由は、『サーチ・インサイド・ユアセルフ』という本に強く影響を受けています。
私はたいていの本を2〜3時間で読んでしまうせっかちな人間なんですが、この本だけは1週間かけても読み切れませんでした。
それぐらい濃い内容で、人生において大切なことが、数えきれないくらい書いてあります。
そして、この本を読んでからGoogle信者になり、速攻でiPhoneからPixelに変えたというのは、また別のお話。。。
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