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足し算を終える勇気 : 人生とAIにおける引き算の歩き方

足し算か引き算か

桜はまだ頑張って咲いているのに、土曜の朝はひんやりと寒く、高速道路は霧がかかっていました。この少しアンバランスな季節の手触りが、どこか今の自分の感覚に似ているように感じます。

今夜の記事は、Geminiに装備された「ノートブック(Notebooks)」機能を楽しむ記事を投稿する予定でしたが、ままならない時もあります。


先日、私が入部させて頂いてます部の、部長さんclutch0105

の記事の、この言葉「なぜ、あのとき」がトリガーになり、記憶の何処かから、最下部に書きました文章が蘇りました!

誰かの言葉かなと思い調べましたが、書籍などの確固たる「出典」を見つけることは困難で、ネット上のどこかで誰かが作成した「心に響く言葉のまとめ」である可能性が高い文章でした。


「今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。こんな当たり前だと思うことが、本当は奇跡の連続なのだ」


この言葉をなぞったとき、少し前にあった出来事が浮かびました。40年ぶりに集まった同級生たちとのランチ会です。6人が揃って笑い合えた時間。そして、その場には、もういなかった友人のこと。

「明日も続く」という感覚は、いつの間にか少しずつ形を変えていくものなのかもしれません。だからこそ、生きて出逢うことの「有ること難し」が、こうした季節の冷え込みの中で、より静かに沁みてくるように思えます。

そして、もう一つ。

「言わなくていいことは言わないように。行かなくていい集まりには行かないように。一緒に居なくていい人とは居ないように。今考えなくていいことは考えないように。」

以前はどう受け止めていたのか覚えていませんが、今回は人生の後半に向けた「引き算」の話として、そのまんま受け取りました。

正直なところ、この言葉、10年前ならいい言葉だな、で終わっていたはずです。今、この年齢になって触れたとき、少し立ち止まる感覚がありました。ここ3年、生成AIと向き合う時間は、どちらかというと「足し算」の連続だったからです。

AIに新しいモデルが出る、機能が増える、できることが広がる。そのたびに、できるだけ取りこぼさないようにと、情報を追いかけていました。ただ、その中でどこか息切れのような感覚があったのも事実です。

振り返ってみると、限りある時間の中で、無限に広がるものをすべて掴もうとしていたのかもしれません。

AIの側には、いくらでも足し算ができる余地があります。掛け算だってありですし、指数関数的というほうが近いでしょう。
一方で、私の時間に40年後は無いでしょう、20年だって怪しいものです、限られています。
そう考えると、これから必要になるのは、何かを増やすことよりも、
「減らすこと」なのかもしれません。

考えなくていいことをAIに預ける。見なくていい情報から少し距離を置く。関わらなくていいやり取りを手放す。

言わなくていいことは言わず、考えなくていいことは手放す。情報の流れから一歩距離を取り、ときには「今日はここまでにしておこう」と画面を閉じる。


桜の時期には雨が降ります。散っていくその姿に、どこか潔さのようなものを感じます。その感覚を、少しだけ自分の中にも取り入れてみたいと思いました。

noteサーフィン、いろんな発見がありますし、多くの方に私の思考の下支えをして頂き、感謝です。


あの時なぜ・・・
もっと優しい言葉で、
こぼれるような笑顔で、
感謝の言葉で、
接することができなかったのか・・・

誰しも、今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。
今日、誰かと出逢い、話し、笑い、食事をして、仕事ができる。
こんな当たり前だと思うことが、本当は奇跡の連続なのだ。

「有ること難し」

生きて、出逢う、という奇跡の連続に、「ありがとう」を言わずにいられない。

「言わなくていいことは言わないように。行かなくていい集まりには行かないように。一緒に居なくていい人とは居ないように。今考えなくていいことは考えないようにしなさい」と返答。

人生で大切なのは「引き算」なのかもしれないね。

読み人知らず

「キメラ的なテキスト」、この比喩、今度使ってみたいです。


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