【小説】忘れえぬ女(ひと) 第1章 第14話
第14話
『被害に遭った女性は、今でもPTSDに悩まされているのです』
つけっぱなしのテレビではワイドショーが流れていた。スタジオで動画を見ている一条かれんの横顔が、画面上の小さな窓に映った。沈痛な面持ちで、きゅっと唇を引き結んでいる。
蓮は手を止めた。こうして見ると、そんなには似ていない。けれども、ふと目元を緩ませた時や、話す前に一瞬目を伏せる時の表情はやっぱり義姉に似ていると思った。
義姉とは目を合わせられないが、一条かれんの映像なら一方的に見つめることができる。初めて彼女をグラビアのページで見つけてから追い続けた。
蓮は棚から本を引っ張り出した。処分する本の間に一条かれんの写真集を挟み、ビニールひもで縛る。アクリルスタンドは燃えないゴミの袋に入れた。
息をついた。窓を開けても風はあまり入ってこず、初夏の気温が蓮の体温を上昇させる。額から流れる汗を袖で拭った。
空になった本棚を動かすと、裏が埃まみれだった。掃除機を手に部屋に戻ると、甥がテレビの画面にクレヨンでいたずら書きをしていた。
「こら、あっくん。ダメだよ」
慌てて甥を引きはがし、雑巾で画面をこすった。油が残ってなかなか落ちない。
ふと気づいて手を止めた。目の前の光景が、ひとつの記憶を揺り起こす。
『傷つけられた心は、決して元のようには戻りません』
半分だけ雑巾で覆われた画面から見えるのは、白いブラウスの胸元だけだった。声は一条かれんだ。雑巾を離し、確認する。間違いなかった。
もう一度顔を隠す。首から下だけが見える。
『俺、こうすれば幸田のこと抱けるわ』
かつてのクラスメイトの声が耳元に蘇る。まるで大きな獣に飲み込まれるかのように、全身に鳥肌が走った。
「まさか……」
さっき縛ったビニールひもを引きちぎる。一条かれんのグラビア時代の写真集を取り出し、ぱらぱらとめくった。
赤く染まった夕方の海をバックに、水着姿の彼女がこちらをふり返っている。その胸の谷間に目をやった。
ビキニに隠れて、ほんの少し色の濃い斑点のようなものが見える。その瞬間、二つの記憶が一致した。
幸田久子を抱いたあの時───義姉を頭に思い浮かべながらも、蓮の腰の動きに合わせて揺れる幸田久子の大きな胸を見ていた。
その中央に、まるで両方の胸をつなぎあわせるボタンのような痣があった。
「まさか……」
同じ呟きが口から洩れる。画面に目をやった。一条かれんがカメラに真っ直ぐな目を向ける。義姉に似たその顔の奥に、幸田久子の瞳があった。
蓮はよろけながら立ち上がると、画面に映る彼女の顔を見続けていた。
第一章 終わり
第二章へ続く
