【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第15話
第15話
駅舎の外に出て真っ先に目に入ったのは、削り取られた丘のむき出しの土だった。開発の途中で諦めて、突然みんなが帰ってしまったかのように、工事の車さえ見当たらない。駅前にぽつんと建っている唯一のビルには、有名な学習塾の看板がかかっていた。
「この地図によると、大体このあたりでしょうか」
新聞をコピーしたものと、スマホの地図を照らし合わせる。目当ての場所までは距離がありそうなので、運よくやってきたバスに乗った。
国道を進み、目的地の近くで下車する。
「ほな、まずこの辺で知っていそうな人を探そか」
スマホの地図を頼りに店を探すが、新しそうなコンビニやチェーン店のレストランしかない。人通りも少なく、公園ではおじいちゃんが小さな男の子を遊ばせているだけだ。
ひとまず近くにある小学校に向かって進んで行くと、個人で経営しているクリーニング店を見つけた。さっそく入って声をかける。
「すんません」
カウンターの奥で、エプロンをかけたふっくらした女性が立ち上がった。
「はい、いらっしゃいませ」
「あの、聞きたいことがあるんですけど、昔このへんで火事がありましたよね」
創の問いに、女性は首をひねる。
「いつ頃ですか?」
「十一年くらい前なんですけど」
「ああ、そしたらわからないですね。このお店を開いたのが七年前なので」
女性にお礼を言い、創と保奈美は店を出た。次に訪ねたのは蕎麦屋だった。同じことを尋ねたが、応対した店主はよくわからないと言う。
「またこのパターンやな」
カフェ探しの時を思い出し、創は空を仰いだ。この辺りは圧倒的に店が少ない。しかも、小さな個人店は地図アプリにも出てこない場合があり、歩き回って探すしかなかった。
「創さん、あそこはどうでしょうか」
保奈美が美容院の看板を指した。
「ええかもしれん。美容院は情報が集まるところやで」
でたらめのつもりだったが、口にした途端にそんな気がしてきた。カフェの時と同様、保奈美の勘が冴えているかもしれない。
「すんません」
店の中は薄暗く、誰もいない。奥から「はーい」と声がして、もぐもぐしている口を手で隠した女性が出てきた。休憩中だったようだ。
「いらっしゃいませ」
「すんません、客やないんですけど、ちょっと聞きたいことがありまして」
創と保奈美が頭を下げた。不審そうな表情を見せる女性に、保奈美がコピーを差し出す。
「十一年前くらいに、このあたりで火事があったと思うのですが」
女性が「ああ」と小さく口を開けた。
「知ってます。全焼しちゃったんですよね。この家のお父さんが亡くなって」
ビンゴ。保奈美が顔をほころばせて創を振り返る。
「その火事で助かった女の子について知りたいんです」
保奈美が尋ねる。女性はちょっと考えてから、
「それだったら、酒屋さんの方が知ってるわよ。確か、息子さんが同い年だったはずだから」
美容院の女性はわざわざ店の外に出て、酒屋への道のりを教えてくれた。言われた通りに角を曲がると、紺色の大きな日よけ暖簾が目に入った。白い大きな字で『酒』と染められている。
「すんません」
酒屋のガラス戸を開けると、茶色い短髪の背の高い店主が「いらっしゃい」と笑顔で答えた。コピーを見せながら火事のことを聞くと、
「ああ、覚えてますよ」
と頷いた。どうやらこれが息子本人らしい。
「ホンマですか」
創と保奈美が身を乗り出す。
「この火事で、この家のお父さんが亡くなって、女の子は生き残ったんですよね」
「そう、家が全焼してね。真夜中だったんだけど、大騒ぎで。みんな集まってたよ」
若店主はその時のことを思い出しているのか、眉をひそめた。
「あの、その生き残った女の子のことを詳しく知りたいんですけど……」
創が傍らの保奈美に目をやりながら、
「実はこの子の姉さんが、火事に遭うたその女性と一緒に住んどったんですよ。けれども今、姉さんと連絡が取れなくなってもうて」
嘘ではなく事実なので、よどみなく言葉が出る。
「手がかりがのうて、困ってるんです。その女性がなにか知ってるか、話を聞きたいと思いまして」
保奈美が創の話に頷き、深く頭を下げた。若店主はあっさりと信じ、「ちょっとそこに座ってて」と丸椅子を指すと、奥に入って卒業アルバムを持ってきた。
「この子ですよ、幸田久子」
一人の女の子を指さす。
ただ火事に遭ったという共通点しかない相手を、一条かれんの同居人だと決めつけることはできない。そう思っていた。その写真を見るまでは。
写っている女の子の顔を見て、保奈美が口を覆った。創が息を詰まらせる。脳裏に、カフェの女性が蘇った。『顔が……』と呟き、顔を曇らせていた。あれはきっとこのことだ。
「これ、スマホで撮ってええですか」
それでも念のため確認することにした。スマホをポケットにしまいながら、創は尋ねる。
「あの、この幸田久子さんと連絡を取りたいんですけど、ご存じないですか」
若店主は首を横に振った。
「いや、知らないな。まだ小学生だったし、当時は今ほどみんながスマホを持っていたわけじゃないからね」
言いながら、若店主がアルバムを閉じる。
「それに幸田は引っ越したから、中学は違うところへ行ったんだよ」
「あ、せやったんですか」
それでは、このあたりで聞き込みをしてもこれ以上の情報は難しいかもしれない。
「その中学ってどこでしょうか」
「いや、わからないなあ。隣の市らしいって聞いたけど」
それだけでは範囲が広すぎる。肩を落とした創と保奈美に、
「そうだ、あとで先生のところにビールケースを届けることになってるから、その時に聞いてあげるよ」
若店主が気さくに言った。当時の担任はこの店のお得意さまらしい。
「ホンマですか?」
若店主がスマホを出し、創と連絡先を交換する。何度もお礼を言いながら、店を後にした。
「お姉さんの同居人は、多分この幸田久子やと思う」
帰りのバスを待つ間、スマホの写真を見ながら言った。保奈美も頷く。
「もしそうだとしたら、この方が姉の行方を知っている可能性が高いですよね」
一条かれんと同居するほど仲が良かった女性──創は幸田久子の顔にもう一度目を落とした。
二人は、ホンマに仲良かったんかな。
そんな呟きを飲み込んだ。いたずらに保奈美を心配させたくない。
夜になって、約束通りに酒屋の若店主から創のスマホに連絡先が届いた。幸田久子の進学した中学校の名前が記されていた。
