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【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第19話

   第19話

 外に出ると、いつの間に降ったのか、アスファルトが黒く濡れていた。庇の下から手のひらを上に向けて突き出す。雨はあがっているが、その代わりにむわっとした蒸し暑い空気が立ち上り、身体にべたべたとまとわりついた。

 収録が済み、創はスタジオを飛び出して一条かれんを探したが、どこにも見つけることはできなかった。

 駅へ向かう間も、電車に揺られながらも、創の頭の中をめぐっているのはただ一つのことだった。

『あんたが……あんたが殺ったんか、一条かれんを』

 そう言った創に対して、鋭い目を向けてきた。創の勘が当たっていれば、あれは幸田久子なのだろう。

 他人に名前と顔を乗っ取られた一条かれんはどこにいるのか。それについて、これまではあえて深く考えようとしないできた。保奈美の悲しむ姿を見たくなくて、無意識のうちに避けてきた。

 しかし、ひそかに抱えていた疑いが、偽物の一条かれんと出会ったことで確信に変わった。
 本物の一条かれんは消された。それをしたのは幸田久子───。

 創は目を瞑った。保奈美にはとても言えない。

 最寄り駅で降り、創は背中のリュックを背負い直した。ふと気配を感じたような気がして素早く振り返る。すぐ後ろに女性がいた。一条かれんの顔をした幸田久子の姿がよぎる。

 しかしまったく見覚えのない顔だった。女性はそのまま通り過ぎ、角を曲がって消えた。近くにいた人が、創の不審な様子に目を留めながら通り過ぎていく。創は逃げるようにその場を離れ、アパートに向かって歩き始めた。

 途中の道で、広い敷地に工事中の赤いランプが光っていた。古い建物の取り壊しが終わったばかりの敷地は簡易的な壁で仕切られており、人の姿はない。建設中を告げる看板には、完成予定のマンションのイメージ図が載っていた。

 背後でアスファルトを踏む靴音がしたと思った次の瞬間、がつんと背中に衝撃が走った。

「いたっ」

 アスファルトに膝をつく。地面に手をつき、転ぶのを避けた。慌てて身体の向きを変える。

 目出し帽をかぶり黒い長袖のジャンパーを着た人物が、創に向かって棒を振り下ろした。とっさに半身をひねる。

「誰や!」

 創が立ち上がって叫んだ。その時、右の肩にがつんと衝撃があった。
 横に飛び退る。背後からもう一人の人物が、同じように目出し帽と黒い長袖のジャンパーに身を包み、手にした棒を振りかぶった。

「いたっ」

 一人が創の横腹をはらった。創は夢中で駆け出したが、工事中の土地からこぼれたのか、雨に濡れた細かい砂利に滑ってひっくり返った。体勢を立て直すのに間に合わず、振り向いたところに相手が手にした棒を大きく振りかぶった。

 やられる!

 創は目を瞑り、腕で頭を庇った。しかし衝撃は来ない。一瞬の間があり、

「余計なことをするな」

 低く抑えた声がした。創がそっと腕をほどくと、黒い目出し帽の奥からこちらに向ける瞳が見えた。

「次はないと思え」

 二人の足音が遠ざかっていく。創は肩で息をすると、そっと立ち上がった。体中がずきずきと傷む。

 濡れた砂利や泥で汚れた服を払った。暗闇の中にまだ誰かの悪意が潜んでいるような気がして、創は傷む身体を抱えるようにして急いでその場を後にした。

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