【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第23話
第23話
創の振り下ろした拳に、ひょろりとした助監督はたちまち地面の上に這いつくばった。
後ろから肩を掴んで起き上がらせる。助監督は悲鳴を漏らしながら両腕で頭を庇った。
「正直に言えや。一条かれんが神園おうかにされたこと、お前知ってるんやろが!」
助監督の首を掴んで揺さぶる。助監督は顔を覆った腕の隙間から、
「し、知らない……」
と、か細く呟いた。
「嘘つけや!」
創が助監督の髪の毛を掴み、建物の壁に頭を押しつけた。ガツンと鈍い音がする。
「ちゃんと言わへんかったら、お前のこと警察に突き出すぞ!」
伸ばした髪が助監督の顔に貼りついている。その耳元で怒鳴った。
「知っとるか? 今はな、性犯罪の被害者の告訴がなくても罪に問えるんや」
神園おうかの事務所に押しかけた創と保奈美は、受付で助監督を呼び出した。イヤイヤ顔でやってきた助監督を、表通りから陰になる場所へ引っ張ってきた。
「パクられたくなかったら全部言えや! それともネットに晒されたいか? お前も同じことやったんか!」
創の剣幕に、助監督は情けない声を上げる。
「僕はやってない……」
「ほな、神園おうかがやったんは認めるんやな?」
助監督は泣き声をあげながら頷いた。創の手から力が抜ける。
「仕方がないよ。あの監督は女をあてがっておかなくちゃ機嫌が悪くて仕事にならないんだ」
助監督が恨み言のようにぶつぶつ呟き始める。
「撮影が進まないと、また調整のやり直しだ。金もかかる。全部僕にしわ寄せだ。あいつ、僕がいなかったら自分ではなにも出来ないくせに」
「そんなことのために、一条かれんや他の女の子を……」
創は頭を掻きむしった。反吐が出そうだ。
「あの子たちだってみんな同意の上だよ。監督と寝て、いい役をもらいたいんだから」
助監督は開き直ってそう言うと、創に向かって上目遣いになり、
「本当に嫌だったら断るはずだろ。だから、ギブアンドテイクだよ」
男同士の共犯の笑みをよこす。背後に立つ保奈美の目線を感じたような気がして、耳がかっと熱くなった。
「黙れ!」
助監督の首を両手で締めあげた。
「お前にわかるんか! お前……」
言いながら、自分の中の男の部分まで嫌悪する気持ちがあふれる。苦しさを払おうと、なおさら手に力が込もった。
「やめて、創さん!」
保奈美が叫んだ。創は手を緩め、苛立ちのまま助監督を地面に投げ捨てた。喉を抑えて咳き込む助監督を見下ろし、荒く息を吐く。
「監督を出せ」
助監督は頭を起こし、首を振る。
「今日はいない」
「ほなどこにおる」
創が詰め寄った。
「やつの住所を教えろ」
助監督は大きく息を吸うと、
「誰か! 警備員!」
と大きな声を出した。ひるんだ創に体当たりし、助監督が建物に向かって走り出す。
誰かが駆けつける足音がした。創は保奈美の手を取り、反対側に向かって走る。細い道を駆け抜け、広い通りへ出て足を止めた。
息を弾ませた。手を離した途端、保奈美が膝を折って泣き崩れた。行きかう人が二人を見ながら過ぎ去っていく。
「帰ろう」
保奈美の肘をつかんで起こす。創は息をついた。
「おそらく、テレビに出ている偽物の一条かれんの正体は、幸田久子や」
創の言葉に、保奈美が涙に濡れた顔を上げる。
「きみの姉さんは……一条かれんは、もう生きておらんかもしれん」
音がするほど奥歯を噛みしめた。
一条かれんをどこに消したのか。それを知るためには、なんとしても幸田久子を引きずり出さなければならない。
