【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第21話
第21話
幸田久子がかつて所属していたAVの事務所は渋谷にあった。住所を頼りに行ってみると、雑居ビルの一室である白い無機質な鉄の扉に、社名の書かれたプレートが貼りつけられているだけだった。
中を窺うことはできず、手前に置かれた小さなテーブルの上にインターホン式の内線電話が乗っている。
「すんません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
創がインターホン越しに声をかけると、応答した男性は、
「なんですか」
警戒を露わにして言った。
「あの、こちらに所属してた『風・信子』っちゅう女優さんのことなのですが」
言いかけたところで、
「あーその子はもういません」
と遮られ、乱暴に通話が切られた。
心配顔の保奈美を背中に隠し、創はもう一度ボタンを押す。今度はなかなか出なかった。しつこく鳴らしていると、
「はい」
さっきの男がもう一度応答した。
「すんません、『風・信子』さんの今の連絡先ってご存じですか」
創の問いに、
「教えられるわけないだろ、バーカ」
男性が言った。創は早口で、
「ほな『風・信子』さんについて、なんでもええですから詳しく教えてもらえませんか」
一気に伝えたが、通話は切られていた。
「思った以上に手ごわいな……」
両腕を組み、天井を仰いだ。こんなにも取りつく島がないとは思わなかった。
「わたしが聞いてみましょうか」
保奈美が言う。「『風・信子』さんが姉の居所を知っているかもしれないから……って」
創は眉を寄せた。さっきの男性の態度からすると、まともな対応をしてくれるとは思えない。逆に話を聞く風を装って、保奈美を中に引っ張り込まれたら困る。
「せやなぁ……いや……」
思案していると、
「あの、すみません。こちらの事務所にご用事でしょうか?」
背後から声がした。振り返ると、スーツを着た一人の女性が立っていた。
「どうぞ」
と言って場所を譲る。
インターホンの前で手を止めた女性が二人に視線を投げた。創は保奈美を伴ってその場所を離れ、角を曲がったところのエレベーターホールから耳を澄ませる。
「すみません、せいりゅう法律事務所の多岐川です。朝月まほさんの代理人としてお話にきました」
女性のきびきびした声が耳に届く。
「またあんたか。うちは知らねえって言ってんだろ!」
応対しているのはさっきの男性のようだ。創に対する時よりも、明らかに苛立っていた。
「まほさんは不当なやり方で出演させられたと言っています。こちらは証拠も揃えています」
多岐川と名乗った女性弁護士は冷静な口調で続ける。
「お電話でもお伝えした書類を提示していただきたいのです。こちら、提示していただけない場合は───」
扉が開いて男性が出てきた。女性弁護士としばらく話してから、男性は再び中に戻っていった。荒々しく扉が閉められる。
女性弁護士がエレベーターホールに向かって歩いてきた。創と保奈美は陰から姿を現した。
「あの……ちょっとお話ええですか」
