【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第16話
第16話
ベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を見上げた。部屋の中は真っ暗で、今が何時なのかわからない。
喉、渇いたな……。
枕の上で首を動かし、キッチンの方に目をやる。
「ん……」
聞こえてきた保奈美の声に、慌てて身体を壁に向けた。強く目を瞑り意識を別へ持っていこうとする。しかし、目をそらす一瞬前に飛び込んできた、保奈美の白い脚が頭から離れない。
布団を被りなおす。もう一度眠りが訪れるのを待ったが、かえって意識は覚醒していった。同時に、強烈な喉の渇きが襲ってくる。
おかしな気持ちになってしまうのは、寝る前のやりとりのせいだ。
『疲れたんやろ。もう電気消すから、寝えや』
創が風呂から出ると、昼間たくさん歩いたせいか、座椅子に座ったまま保奈美が舟を漕いでいた。
『今夜は俺がこっちで寝るから、ベッド使いや』
保奈美は寝る時はいつも、座椅子のスプリングを倒してベッド替わりにしている。疲れているのは、ひょっとしたら普段からよく眠れていないのかもしれない。
『ほら、保奈美ちゃん。ベッドに寝えや』
腕を軽く引くと、保奈美がくたりと伏せた顔を創の方へ向けた。
『だめですよ、創さんおっきいんですから……』
創は黙ったまま、そっと保奈美の腕を離す。
『……そうか?』
『そうですよ……』
最初の夜、保奈美が座椅子をベッド替わりにすることにした時、
『わたしはちっちゃいから大丈夫です』
と言った。保奈美は身体が小さい、創は大きい、それだけの意味だ。けれども、妙にドキドキした。これまで保奈美にこんな気持ちを抱いたことはなかったのに。
そういえば保奈美がここに来て以来、ずっと自慰をしていなかった。創はそっと手を伸ばしかけてやめた。さすがにそれはまずいだろう。
ベッドの上で身体を起こした。喉が渇いてどうしても我慢できない。横たわる保奈美が視界に入らないようにしながら、創はそっと足音を忍ばせてキッチンへ向かう。冷蔵庫を開け、ペットボトルを出して水を飲んだ。
ふと気配を感じて飛び上がった。保奈美が半身を起こし、こちらに半分だけ顔を向けていた。窓から入ってくる月明かりが、彼女の輪郭を浮かび上がらせている。
「すまん、起こしてもうたかな」
創が小さな声で言うと、保奈美がすっと立ち上がった。キッチンに佇む創の元へ、静かに近づいてくる。
パジャマ替わりのTシャツはぶかぶかで、首回りが広く空いている。下着をつけていないのか、妙に生々しい。見てはいけないと思っても、胸の辺りに小さな突起が二つ出ているのがわかる。
「どないした、眠れへんか」
保奈美が唇を開き、小さく呟いた。
「え、なんやて」
創が耳を寄せる。その首に、保奈美が腕を回してしがみついた。
「ちょ、なにしてんねん」
押し戻そうとするが、保奈美はありったけの力でしがみついてくる。引きはがそうとしてもびくともしない。
「アカンって」
逃れようとして彼女を押すと、柔らかい感触がした。胸を掴んでしまったのだと気づく。慌てて離そうとするが、吸い寄せられたようにそこから手が離れない。
保奈美の唇が近づく───。
「アカン!」
創はベッドの上で飛び上がった。背中にびっしょりと汗をかいていた。振り返って見ると、保奈美は静かに眠っている。
「なんやぁ……」
拍子抜けした途端に、天井からギシギシ音が響いていることに気づいた。
これのせいか……。苛立ちながら天井を睨みつける。耳を澄ませると、か細い女性の声まで聞こえてきた。
こっちは一人で処理もでけへんのに、かんべんしてくれや。
そっと保奈美に目をやった。ぴくりとも動かずに寝ているのでホッとする。創は寝返りをうち、壁を向いた。
ふと気づいた。寝息すら聞こえない。ひょっとして──創は肘をつき、わずかに頭を上げた。保奈美はこちらに背を向けている。
必死に寝たふりをしている保奈美の顔が浮かび、創は急いで頭から布団を被った。天井のギシギシはまだ収まりそうになかった。
