【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第2話
第2話
大部屋は騒がしかった。収録を終えたばかりの興奮が冷めやらぬ芸人たちが、普段よりも高いトーンで談笑している。
創は濡れた髪を拭いたタオルを首から外すと、上着に袖を通した。
部屋中に聞こえるような大声で談笑しているのは、創や洋太の二期上の先輩トリオだ。最近テレビの露出が格段に増え、今日の収録でも一番笑いを取っていた。
ほとんど手つかずの弁当をリュックの底へ詰める。今日の仕事はロケではなく、スタジオでの収録だった。おかしな競技ばかりの運動会には、先輩後輩を含めたくさんの芸人たちが集められた。二つのチームに分かれ、汚されたり痛い目にあったり熱湯に落とされたりしながら、笑いを競った。
ピンの仕事ではなく、洋太と共にコンビ『そうしよう』として出演するのは久しぶりだ。
しかし先日の洋太の引退宣言からなにも話をしておらず、最高に気まずい空気が流れている。そのせいか、収録ではなにをやっても裏目に出てしまい、ベテランMCから冷めた顔で「お前はもうしゃべるな」と言われてしまった。
始まる前からずっと緊張していた。配られた弁当にもほとんど手をつけられなかった。その上、洋太とろくに目を合わせられない。そんな状態でうまくいくはずがない。
「ほな、俺帰るわ」
そう告げると、洋太もまた目を合わさないまま「ああ」と呟いた。
スタジオを出て、広い敷地を出口に向かって歩く。車の通り道を足早に横切り、通用門に近づくと、すぐそばの植え込みの陰に制服姿の女の子が座っているのが目に入った。
中学生だろうか。背はまだ小さく小柄で、制服から伸びた手も足も細い。
白いシャツにグレーのブレザーとスカートは古くさいデザインで、このあたりで見かけるような学生とは違う。髪も後ろで一つに縛っているだけだ。
そのわりに顔立ちは整っていた。小さな顔にどこか大人びた印象で、それだけにいっそう線の細さが目を引いた。
傍らには大きなスポーツバッグがあった。まるで修学旅行の列から一人だけ抜けてきたようだ。
「あんた、まだいたのか」
巡回してきた警備員がその女の子に目を留める。
「もう遅いから帰りなさい」
警備員が声をかける。女の子は下を向いたまま黙っている。
そういえば、創がスタジオにやってきた時にもこの女の子の姿を目にした。警備員になにごとかを訴え、追い立てられていた。その時は、これから始まる収録と、相方とどうやって接するかで頭がいっぱいで、ろくに気も留めずにそばを通り抜けた。
「ここで待っていても無駄だよ。いい加減にしないと通報するからね」
そう言われ、女の子が立ち上がった。スカートを手で払い、大きな荷物を抱えると、とぼとぼと駅に向かって歩き出す。
創もまた、同じ方向へ向かって歩き出した。地下鉄の入り口はすぐそこだ。
階段を降り、ICカードを取り出す。一瞬目を離した隙に、女の子はどこにもいなくなっていた。
