【小説】忘れえぬ女(ひと) 第2章 第12話
第12話
スマホが点滅している。会社を休み始めてどのくらい経っただろう。有給休暇は使い果たされたのかもしれない。昨日からやたらとスマホに連絡が入ってくるが、すべて無視していた。
スマホに連絡が来るたびに映像の邪魔になるので、家電量販店に行ってパソコンを買った。おかげで、大きな画面で幸田久子の痴態を見ることができる。
画面の中の幸田久子が、太った男に四つん這いにされている。うめき声をあげる姿に、風花は口中に溢れる唾液を飲み込む。
検索フォームに残る『風・信子』という文字が目に入る。風花と同じ漢字が含まれていることには、とうに気づいていた。わざとに違いない。風花を貶めているのだ。
出会った日に友達になると決意してから、風花は何度も幸田久子に声をかけた。
「幸田さんって物静かだよね。うちらブヒブヒうるさくてゴメンねー。って、ブタじゃねーわ!」
必死で笑いを取りにいった。けれども、幸田久子は冷たい目を向けるだけだった。
『幸田さんさ、いつも独りぼっちで寂しくない? わたしにだけは、もうちょっと打ち解けてくれてもいいじゃん』
幸田久子の映像を見ているうちに、そんな自分の声が蘇った。
修学旅行事件の印象が強すぎて、すっかり忘れていた。一年生の学年末だった。たまたま彼女と二人きりになった時、思い切って風花からそう声をかけたことがあった。
幸田久子の気持ちはわからなくはない。祐奈や美咲や、その他の可愛い女子たちと自分を比べて、コンプレックスを持つなという方が難しい。
「でもコンプレックスはさ、武器に変えられるんだよ。わたしだってこんな見た目だけど、ホラ」
と、照れくささを笑いでごまかした。
「一人で恥ずかしいなら、コンビ組もうよ。わたしたち同じジャンルだし」
そう言った途端、幸田久子が鋭い目で風花を睨みつけた。
「同じじゃない!」
驚いて物も言えない風花を置き去りにして、幸田久子は教室を出ていった。
そう、同じじゃない。風花は画面の中の幸田久子に呟く。
わたしは痩せさえすれば可愛くなれる。醜いあんたと違ってね。
「ブスでひねくれてるあんただけには言われたくないんだよ!」
スマホを投げつけた。ガツンと音がして、パソコンに映る画像が歪む。
『嫌いなくせに』
ふいに幸田久子の声がした。
『本当はみんなのこと嫌いなくせに』
画面の中の幸田久子が、風花を見つめていた。
『愛されキャラなんかじゃない。ただ馬鹿にされてるだけ』
幸田久子が口を歪める。風花はマウスを握り、画面を消そうとした。しかしパソコンは反応しない。
『本当はみんな大嫌い。いじってくる友達も、笑っているクラスメイトも』
「……うるさい」
風花は耳をふさいだ。しかし声はやまない。
『自分は嫌いなのに、好かれたい』
「うるさい!」
いつの間に画面から出てきたのか、幸田久子が背後から、冷たい指先で風花の肩に触れた。
『独りぼっちなのはどっち?』
膝の力が抜ける。風花は両手で顔を覆った。床の上で小さく丸まる。
小さく。もっともっと小さく。風花は目を瞑り、耳をふさいだ。
幸田久子の声が聞こえなくなるまで。世界中の音が、なにも聞こえなくなるまで。
第二章 終わり
第三章へ続く
