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【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第6話

   第6話

 スタジオの廊下をスタッフがせわしなく行きかう。創は素早く周囲に目をやると、楽屋のドアをノックした。

「お疲れさまです」

 隙間から顔を覗かせる。眼鏡をかけスマホをいじっていた大石が顔を上げた。

「おう、どした」
「大石さん、昨日はごちそうさまでした」

 部屋に入り、頭を下げる。大石は眼鏡を外すと、

「ええよ。ほんでどしたん。そっちはなんの収録や」
「もう終わったんすけど、大石さんに挨拶しよ思て」

 言いながら、そわそわと足踏みをした。どう切り出そうか考えていたが、下手な言い訳を重ねるほどぼろが出そうだ。シンプルが一番と腹を決めた。

「あの、大石さん。一条かれんって会うたことありますか」

 大石が目を瞠る。
「なんや急に」
 呆れたように言って、首を振った。

「ないよ。接点ないもん」
「ホンマですか……」

 抑えようとしてもがっかりした気持ちが出てしまう。

「なんでや。一条かれんに会いたいんか」
「会いたいんですよ」

 創の真剣な顔に、大石もからかう口調を引っ込めて、

「難しいな。スタジオも別やし」

 と腕を組んだ。一条かれんの出演するのは主にニュースやワイドショーで、バラエティの収録スタジオとは別だった。スタジオのチェックは厳しく、収録予定の表に名前が載っていない限り、部外者はたとえ有名人でも通してもらえない。まして、駆け出しの若手芸人などなおさらだ。

「そうっすよね。すんません」
 挨拶をして大石の部屋を辞した。昨夜保奈美から打ち明けられた事情を思い出す。

「わたしと姉は、父が違うんです」

 かれんの父は、かれんがまだ小さい頃に他界した。『一条』というのはその亡くなった父親の苗字だが、戸籍上は保奈美と同じ『平』なのだという。

「まあ、芸能人やからな。芸名みたいなもんか」

 創は頷き、話の先を促した。

 夫を亡くした母親はかれんを連れ、別の男性と再婚した。そこで生まれたのが保奈美だ。

「父はわたしが生まれてから、あからさまに姉を疎んじるようになったんです」

 保奈美が悲しそうに言った。かれんは家族の中で孤立し、母はその間でおろおろするばかりだった。

「姉は優しいので、父に疎外されても逆らったりせず、いつも遠慮ばかりしていました」

 例えば父が自分の職場からお菓子をもらってくる。四人家族なのに三つだけ。

『わたしはいいから、三人で食べて』

 まず母が言うと、父は目を尖らせ、『なんだよ、ママがこれ好きだと思って、せっかくもらってきたのに』と不機嫌に黙り込む。やがてかれんが、

『わたしはいいの。友達と買い食いしちゃって、お腹いっぱいだから』

 優しい嘘をつく。満足げな父と、その顔色を伺う母の間で、姉はどんどん居場所をなくしていった。自ら遠慮し、食事も一人きりで取るようになった。

 幼かった保奈美がようやく理解できるようになったのは、かれんが高校を中退して家を出ていった後だった。

「姉はあまり成績が良くなくて。テストのたびに父はネチネチ嫌味を言っていたようでした」

 お前はこいつみたいになっちゃだめだぞ。姉の目の前で父からそう言われたのを覚えている。

「ひどいな」
 創が眉をひそめた。

 身の回りの荷物だけで、かれんは東京へやってきた。保奈美にとって姉との連絡手段は月に一度くらいの頻度で届く手紙だった。平日の夕方前に配達されるそれを、父にばれないように急いで回収した。

「今どき文通?」
「わたしはキッズ携帯さえ持っていなかったし、固定電話もなかったので」

 それでも声が聞きたい時は、公衆電話からかけた。離れてからも、かれんは保奈美に優しかったし、母のことも気遣っていた。

 しかし手紙が途絶えた。最初は、ただ単に忙しくしているからだと思っていた。気づいた時には、電話がつながらなくなっており、こちらから出した手紙は宛先不在として戻ってきてしまう。

「二年前です」

 保奈美がバッグから輪ゴムで括られた手紙の束を取り出す。

「これが最後の手紙です」

 そこには希望に満ちた文章が丸っこい字で書かれていた。余白には小さなイラストが散りばめられている。

『追伸:お姉ちゃんには大切な人ができました。いつか、ほーちゃんにも紹介できたらいいな』

 そう結ばれている。『ほーちゃん』とは保奈美のことだろう。

「大切な人って、彼氏かな」
「わたしもそう思いました。でも、それならなぜ姉は連絡を絶ったのでしょう」

 グラビア写真の一条かれんを見つけたのは去年だという。

「最初は姉だって思いました。夢を叶えるために、そっちの道に進んだんだって」

 一条かれんは女優になるのを夢見ていた。それを保奈美にだけは打ち明けていた。

「でも、テレビに出ている姿を見ていて、違うって気づいたんです。あれは姉じゃないって」

 創は天井を仰いだ。保奈美の言い分をどうすれば証明できるだろう。雲をつかむような話だ。

「……わかった」
 創は頷いた。
「俺も協力したるから、探してみよう」

 保奈美が目を瞠る。

「信じて下さるんですか?」

「まあ、調べるだけやってみようや」
 創が頷く。保奈美は両手を合わせた。

「ありがとうございます……」
 そう言って顔を下げる。小さな肩が震えていた。

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