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【小説】忘れえぬ女(ひと) 第3章 第29話

   第29話

 一条かれんに扮する幸田久子ともう一人の女性が、神園おうかに対する傷害容疑で逮捕された事件は、世間を大いに騒がせた。連日のようにニュース番組で報道され、詳細は少しずつ明らかになってきた。

 事件は報道の前夜に起こっていた。幸田久子と共に行動していたもう一人の女性は、神園おうかの娘である神園ゆうきという女性だった。

 神園ゆうきの供述によると、彼女は十一歳の時に、父が自宅に若い女優を引っ張り込み、性暴力に及んでいるところを見たのだという。母の実家に泊りにいく予定が急にキャンセルになり、母と共に自宅に戻ってきたところで、父の犯行を目撃してしまった。

 女優は泣きながらその場から逃げたが、父は悪びれることなく、

「なんだ、予定が変わったならちゃんと伝えろよ」

 不機嫌に言って煙草に火をつけるだけだった。母は口を噤み、その後も自分と娘が見たことについて話すことはなかった。

 それ以来、ゆうきは父を憎み、男性を呪った。父と似ている自分の顔を憎み、血のつながりのある自分自身の存在を呪った。

 罪悪感からか、それとも無関心からか、父はゆうきに対して干渉せず、金だけはふんだんによこした。

 学校に行かずに引きこもっていたゆうきは、十代後半で整形手術を受けた。父にも母にも似ていない顔になったことで、初めて安心して鏡を見ることができた。あの二人と関わりのない、別人として生きると決めた。

 整形外科医になる。自分と同じように、生まれ変わりたい誰かの手助けをしたい。ゆうきはがむしゃらに勉強した。過去と完全に決別することができるなら、他にはなにもいらない。

 大学に入ってからも猛勉強し、国家試験に受かった。卒業後の研修を経て就職した。その後も必死に勉強を続け、技術を向上させた。やっと自分の人生を取り戻すことができたと思っていた。

 閉じ込めていた過去の傷口をめくることになったきっかけは、一人の女性患者だった。

 その女性は性被害に遭っていた。繰り返されるフラッシュバック。自分をやめたい、別の人間になりたい。術前のカウンセリングで泣き出した彼女の話を聞いて、自分の血がぐつぐつと音を立てた。

 あの日、父に覆いかぶされて、泣きながら逃げて行った女性。他にもたくさんの、父が苦しめた女性たち。

 自分だけが人生を取り戻して、それでいいはずがない。

 あの男は何度でも同じことを繰り返している。そこから目を逸らしたまま、生まれ変わることなどできない。

 父を告発する。決意したゆうきは、被害者の会を作ろうと尋ねまわった。そうしていくうちに、一条かれんという被害者の情報にたどり着いた。

 彼女の家を訪ねた。しかしそこには一条かれんの姿はなく、幸田久子だけが取り残されていた。

 幸田久子からすべての話を聞いた神園ゆうきは、自分が遅すぎたことを知った。

 神園おうかに復讐する。その目的は二人の間で一致し、実行された。

 神園おうかは都内のホテルの一室で、男性器を切り取られた状態で病院へ搬送された。

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