【小説】忘れえぬ女(ひと) 第1章 第4話
第4話
重い瞼を押し上げ、蓮はぼんやりと時計を見た。針は七時を指している。窓の外は明るく、果たしてどちらの七時だかわからない。
少しずつ覚醒するにつれ、今日が何日で何曜日だったかを思い出す。のそりと起き上がり、一条かれんの動画を見ながら着替えを始めた。夜の七時だ。しばらくしたら夕飯を食べ、夜勤業務に行かなければならない。
蓮はふとスマホに目をやった。点滅している。開いてみると、高校のクラスメイトからの連絡が届いていた。
『みんな久しぶり! 元気? 近いうちに集まりたいね』
発信者は立花という、クラスのまとめ役のような立場をしていた男子だ。他の連中がスタンプや短いメッセージで呼応する。
そのまま画面を閉じようとした瞬間、立花から新しい文章が届いた。
『このグループに入っていない幸田さんの連絡先を知っている人がいたら、立花まで連絡下さい』
その名前を目にした途端、蓮の脳裏に古い記憶が鮮明に蘇った。
幸田久子。高校の時のクラスメイトで、蓮とはアルバイトも一緒だった。しかし教室でもアルバイト先でも、言葉を交わしたことはない。
周囲とうまくコミュニケーションを取れず、休み時間はいつも眠くて仕方がないんだというふりをして机に突っ伏していた蓮とは違い、幸田久子は孤高の一匹狼だった。
誰とも話さず、寄せつけようとさえしない。背筋を伸ばし、自分の席で本を読んだり予習をしたりと、一人の時間を過ごしていた。群れたがる女子集団の中で、幸田久子は完全に浮いていた。
避けられていた理由は、態度だけではなかった。その顔だ。彼女は相手を不穏な気持ちにさせるほど醜かった。
目は片方だけが小さくてほとんど塞がっており、アシンメトリーすぎて見るものに違和感を与えた。鼻尖が欠けて鼻孔はむき出し、上唇はめくれ上がり前歯が出ているため、まるで骸骨を思わせた。
もし幸田久子がもう少し人並みの顔だったら、あそこまで敬遠されることはなかったかもしれない。
しかし彼女の態度には卑屈なところはなかった。それどころか、たまに親切で声をかけてくる相手に対しても冷ややかに対応した。やがて誰もが彼女に関わろうとせず、遠巻きに見るようになった。
「俺、こうすれば幸田のこと抱けるわ」
ある日、クラスメイトの男子がそう言って、手にしたプリントで彼女の顔を隠した。
普段はその醜い顔にばかり目が行ってしまうが、彼女はとても豊満な胸をしていた。スタイルの良さはクラスで一番だったかもしれない。太っているわけではなく、むしろ手足やウェストは細いのに、胸だけが制服のブラウスをぐいと持ち上げ、左右に押し広げていた。
男子は普段からお調子者で、教室中に聞こえる声で言ったため、どっと喝采が起こった。女子もみな笑っていた。男子も笑ったが、その一方で目は彼女の胸に釘付けになっていた。ボタンを吹き飛ばし、白いブラウスを破って飛び出さんばかりの、幸田久子のふくよかな胸に。
彼女は椅子を蹴るようにして立ち上がり、顔の前にぶら下げられたプリントをひったくってビリビリに破いた。そしてその男子の顔を平手で叩いた。
「おおっ」と歓声が起こる中、幸田久子はぷいと教室を出て行った───。
『幸田さんの連絡先を知っている人がいたら』という一文にもう一度目を落とす。彼女は誰とも連絡先を交換しなかったのだろうか。それとも、昔の交友関係を断ち切るために黙って連絡先を変えたのだろうか。
スマホの画面が暗くなっても、蓮は浮かんでくる考えを振り払うことができなかった。
あの一文は自分に向けられたものなのだろうか───。
そんなはずはない。彼女とアルバイトが一緒だったことさえ、誰にも話したことがないのだから。蓮は頭を振ると、敷きっぱなしの布団の上にスマホを投げ捨て、ダイニングに向かった。
